よみタイ

ここではないどこか……がどこにもない中3の夏 第11話 最初で最後の家出

 中学3年生になり、クラス発表で愕然とする。30人以上いるクラスメイトに、なんと一人も親しい子がいなかったのだ。「中3は最後の年だから先生たちが配慮して仲のいい子同士を同じクラスにしてくれる」という噂はなんだったのか。それでもどうにか、小学校が同じだったミカちゃんと同じグループになった。ミカちゃんの方から「梅子じゃん!」と声をかけてくれたのだ。でもミカちゃんは制服を上手に着崩す不良っぽい子で、遅刻、早退、病欠が多かったために、私も一人で過ごすことが多かった。もうちょっと真面目でおとなしいグループに混ぜて貰えばよかった、なぜにミカちゃんはもう一人のギャルっぽい子じゃなく私とグループになるのか。しかし、ミカちゃんには怖いイメージがあったが、こんなダサい私でも普通に親しくしてくれるとは、見かけや自分との釣り合いで他人を値踏みしない子なんだと見方が変わった経験だった。
 教室はイマイチ、かといって家もイマイチだった。なにせ中3、受験である。いつの間にかリエちゃんは塾に通っており、それを知って心底焦った。私以外みんな受験モードになっている。塾に行かないとやばいかも、と思う反面、親に勉強の話をしたらまた大説教に発展しかねないので悶々としたまま黙って過ごした。家で穏便に過ごすには幽霊みたいに存在を消すことだ。ところが母は耳が早く「リエちゃん塾さ行ってらんだど! おめどうすんだ? 受験のごど考えでんだが? どごも受がらねど!」といつもの怒号で責められ、半泣きで「じゃあ私も塾いく」というと「じゃあ? おめだばリエちゃんの真似ばっかりして!」と余計に怒られた。しかし結果的にリエちゃんと同じ塾に行くことになりホッとした。これで少しは周りに追いつくことができたのだ。今振り返ると、塾講師の本気モードがなかったら私は本当に高校受験に落ちていたと思う。そのくらい英語も理科も数学もわかっていなかった。
 

 そんなある夜、いつものように部屋で大人しくしていたところ、珍しく父がまだ起きていて母が愚痴をこぼしていた。「はあ、あれだばどもなねな、どうすんだべ」と不出来な娘の馬鹿さ加減にうんざりした声に続き、父が軽妙な調子で「なに、まだ俺が勉強おしえでやら、80点以上とれる」とお気楽に胸を張る声が聞こえた。ああ、また始まるのか……そう思うと体も心も重い黒い液体に変わっていくような気分だった。
 翌日、6月も半ばの金曜日、残り数週間で終わる部活で遅くまでお喋りして、みんなが帰った廊下をフラフラ歩き、空っぽの教室で家に帰りたくないと思った。もちろんそんな方法はないのだが、どうしてもその気にならず、そのまま全教科の教科書が入った重いリュックを背負い(面倒なのでいつも全ての教科書を入れていた)、家まで30分歩き、そのまま家を通り過ぎ、商店街、田んぼ道を通過し、1時間以上歩いて母方の祖父の家に行った。祖父はもう亡くなっており、母の弟、その妻、そして祖母がいた。別に私は祖母たちとすごく親しいわけではなかったが、何が悲しいって、そこ以外行くところがなかったのだ。不良なら彼氏の家、または友達の家だろう、もっと勇気があれば電車で遠くまで行くとか、ゲーセンで過ごすのかもしれない。でもゲーセンがない。スーパーの3階にしかない。そもそもそんな大胆なことができない。色々な感情がないまぜになり、祖母に「なした? お母さんと来たんだが?」と玄関先でびっくりされた時は、思わず涙が溢れ何も言えなかった。私の人生で最初で最後の家出である。もちろんその翌日には家に帰っている。なんなら土曜日の午前授業があったので、サボったっていいのにちゃんと出席して家に帰っている。家に帰ったあと、夏の白いブラウスの背中に大きな大きな汗染みがあることに気づいた。「汗染みの子」そういうあだ名がつけられかねない。思いつきで家出なんてするもんじゃないと学んだ。

次回は4月17日(水)公開予定です。

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新刊紹介

冬野梅子

漫画家。2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。2022年7月に、派遣社員・菊池あみ子の生き地獄を描いた『まじめな会社員』(講談社)全4巻が完結。
講談社のマンガWEBコミックDAYSにて「スルーロマンス」連載中。

Twitter @umek3o

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