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東北の生家で行われていた「安定虐待」 第10話 漫画を描く子はいねが 

それは、まだ別のどこかのことは知らない、遠い北の地での暮らしでした――

『まじめな会社員』で知られる漫画家・冬野梅子が、日照量の少ない半生を振り返り、地方と東京のリアルライフを綴るエッセイ。
前回に続き、ハリボテな家父長的ふるまいを繰り返すお父さん、奇妙なほどの情熱で「安定」した未来を強いるお母さんのエピソードです。

(文・イラスト/冬野梅子)

第10話 漫画を描く子はいねが

 中学2年生になり、またも私の成績は微妙に下がり続け、とうとう父が家庭教師となって毎晩私に勉強を教えるというシステムが始まってしまった。
 思い返せば、中学1年生のテストの点数なんて、悪い悪いと思いながらもこの時に比べればまだマシだったのだ。通知表には5教科の学年平均点が記載されるのだが、私の点数はその平均より若干下回る事態となっていた。さすがにやばいと焦り始めてはいたが、かといって一生懸命に勉強するということもなかった。しかし、当然のことながら両親にはめちゃくちゃ怒られ、挙句「おめだば部屋さ行って何してらんだがわがらね! これからは部屋のドアはあげでおげ! テレビも禁止だ! そのかわりお父さんもテレビみねがら」と、テレビ禁止令、部屋開放令が命じられた。
 私はこの制度に対しても、父親のプレイの一環のようでその点が非常に嫌だった。テレビ禁止というのは、子供に対する制裁としてかなりメジャーな方法なので、嫌だが納得の範囲であった。しかし、父もテレビを見ないというのは一体何の意味があるのだろうか。これに関しては父が言ったそばから母が説教中の慇懃な表情を困惑の表情に変え「は?」と声をあげており、大人はニュースくらい知らないと困るだろう、という理由で父自身にテレビ禁止を課すのはやめるよう促していた。私としても、別に父がテレビを見るか見ないかなんて非常にどうでもいいので、さも「大黒柱の大きな決断」みたいな言い方で「父もテレビ禁止」というしょぼい印籠を見せられるのは勘弁だった(父は「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」が好きなのだ)。それに、私が月9や〝めちゃイケ〟を観れずにクラスメイトの話題についていけないことに比べれば、父が水戸黄門を見逃すことくらいなんだというのだ。小さく閉鎖的な社会に遅れをとってはいけない私と違い、分別ある大人ばかりの会社で困ることなんてないだろう。

 さらに厄介な問題は部屋開放令である。これに関しては、あまりに無理矢理なこじつけというか、部屋のドアを開け放つことで親の監視の目が行き届き私の勉強時間が増えるという算段なのだろうが、嫌がらせとしか思えなかった。私もごく普通の中学生なので、自分の部屋に親が入る、それも父親が入るということはことさら嫌っていたし、普通に考えてプライベート空間がないというのは人間の生活としておかしい。父の目的はよくわからないが、娘のプライベートを完全把握している家父長にでもなりたかったのだろうか。私にとっては、こうした思いつきが父の自尊心メンテに使われている気がして心底嫌だった。
 そうした心理的な抵抗に加えて、父は居間の窓を開けっぱなしにする習慣があり、そのために家には虫が入り放題だった。ハエや蚊、時には大きな蛾が入ってきたこともあった。父に何度も窓を閉めろと言っても聞かなかった挙句の出来事だったので、母と一緒になって退治するよう迫ったのだが、1、2回箒で払ってみせたあと「だめだ、寝る」と言って害虫をほったらかして2階に消えてしまったこともある。東北に出ないと言われる例の代表的な嫌な虫だが、あれも出放題。部屋に出たらひとたまりもない。   
 

 そうした理由からも部屋開放令は本当に迷惑な話だった。しかし、私としても「そんなのは嫌だから次のテストは全教科絶対80点以上取る!」とか条件を出して一旦罰を保留にしてもらうという気合いも、それを達成する意欲と勤勉さもなく、とにかく事を荒立てたくないので仕方なく受け入れた。
 それからは夕食後、毎晩父の「やるぞ、教科書持ってこい」という号令に従い、嫌そうな顔でノートと教科書を持っていき、数学と理科、歴史、地理を習った。英語はわからないから教えないのだそうだ。習うといっても、数学なら教科書の練習1~練習4をひたすら解き、その他の教科も教科書についている問を解くという形で、一体どこを目指して勉強しているのかはわからなかったし、この独自の家庭教師とは別にテスト勉強もしなければならないので、だったらテスト向けの勉強をやってくれたほうが効率がいいのにと思っていた。しかし反面、これを機に成績が上がってしまっては父の鼻が高くなって面白くないので、私の身の破滅をもってして父の家庭教師が無意味だったと証明したい気持ちもあった。絶対に成績を上げたくない、でもそうすれば、この父と娘の二人三脚状態が継続してしまうのでそれも嫌だ。我ながら、こんな無意味で非建設的な意地を張らなければならないことが虚しかった。父は私に対して教科書を読み上げたり、苦言を呈したり、殿のような面持ちで時折り褒め言葉をかけたりする傍ら、私の隣でかりんとうを半永久的にボリボリと噛み砕き、りんごや柿をもちゃもちゃと咀嚼し続け、一通り教え終わる、というか飽きるか眠くなると、満足そうに今日の勉強会の終わりを告げた。
 私は無言の肉人形と化してひたすら耐え、部屋に戻ると、ささやかな虫対策と当てつけのため、電気を付けず部屋を真っ暗にし、学習机のランプだけともし、今日あった嫌な出来事を可愛い中華風パンダのノートに書き殴っていた。そのためか、父が菓子や果物をくっちゃくっちゃと食べていた様子を鮮明に覚えている。ちなみに私は小学校4年生から日記をつけており、たいていは嫌だったこと、言い返せなかったこと、悔しく惨めな出来事を克明に記載していたためか、やたらと嫌なことだけ記憶している。なので、私は人に日記をつけることは勧めない。

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冬野梅子

漫画家。2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。2022年7月に、派遣社員・菊池あみ子の生き地獄を描いた『まじめな会社員』(講談社)全4巻が完結。
講談社のマンガWEBコミックDAYSにて「スルーロマンス」連載中。

Twitter @umek3o

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