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ここではないどこか……がどこにもない中3の夏 第11話 最初で最後の家出

それは、まだ別のどこかのことは知らない、遠い北の地での暮らしでした――

『まじめな会社員』で知られる漫画家・冬野梅子が、日照量の少ない半生を振り返り、地方と東京のリアルライフを綴るエッセイ。
前回は、お母さんが「安定」に固執し冬野さんの行動を厳しくチェックしていたさまが描かれました。
中学の頃は、その監視の目から逃れるすべはあまりなく……。

(文・イラスト/冬野梅子)

第11話 最初で最後の家出

 中学時代、家の居心地は良くなかったが、かといって他に行くところもなく部屋にこもっていた。美術部は土日に活動なんかあるはずもなく、せいぜい真夏の真っ昼間に自転車を30分走らせて、山のふもとの運動場まで野球部の応援席に駆り出されるくらいが仕事だった。今思えば、こんなことは強制できることではないのだからサボればよかったと思う。父の家庭教師ブームも数週間ほどで去り、テレビ禁止も部屋のドア開放もうやむやになってはいたが、もうあまり両親の神経を逆撫でしたくないので、とにかくひっそりと過ごした。もともと友達は少ないのだが、それでもテストの点数について説教される時に「おめだば遊んでばっかりいで!」など日頃の生活態度にまで波及することがほとんどのため、攻撃の口実になりそうな行いは慎んでいた。親が眉を顰めそうなバラエティ、主に“めちゃイケ”は見ず風呂の時間とし、21時になったら土曜のドラマを見ることもあるが、小学生の頃は『家なき子』やともさかりえ主演の『FiVE』のようなドラマは嫌な顔をされたので可能な限り品行方正なものを選んだ。『THE 夜もヒッパレ』は親世代の有名人が出ていたのか母も歓迎ムードだった。家族とテレビを囲む時は、『伊東家の食卓』や『発掘!あるある大事典』など家庭のお役立ち情報や健康番組をメインに視聴する。『トリビアの泉』はまれに軽い下ネタがあるので要注意で、ドラマでもラブシーンが来そうな雰囲気になったら何食わぬ顔でトイレに行った。これは単に気まずいからだが、時々大人な雰囲気のドラマを観ていると、母がつまらなそうな顔をしながら「これ見たいの?」と、明らかに「べつに」という返事を引き出すための圧迫質問をしてくるのが嫌だったのだ。

 そんな私が唯一リラックスできる場所は自分の部屋である。中学生になってからラジオつきCDプレイヤーを買ってもらったこともあり、たいていは部屋にこもってラジオを聴いていた。サブカル好き御用達の『オールナイトニッポン』にはまだ出会っておらず、東京FMが聴ける局を好んでいた。おそらく私のラジオでは音質が一番クリアで、人気アーティストの曲がかかることも多かったからかもしれない。結果的に『やまだひさしのラジアンリミテッド』をよく聴いていた。といっても、あまり内容や企画は耳に入っておらず、たいていはCMで耳にした好きな曲とか、好きなアーティストの新曲などを熱心にカセットテープに録音するのが主な作業だった。当時、クラスメイトのほとんどがMDに移行しておりカセットを使う人は減っていたが、私のプレイヤーにはMDがなかった。今みたいにインターネットが身近ではない時代だったので、曲タイトルを聞き逃して永遠にわからないなんてことはよくあった。
 土日もずっと部屋にいて、手持ちの漫画を読み返したり、歌詞カードを追いながら好きなCDを聴いたり、それに飽きればラジオをつけた。ラジオのいいところは、強制的に興味のない音楽が聴けるところだと思う。流行ってもいない、知らない曲がかかることが楽しかった。映画かCMで聴いたのだろうか、ルイ・アームストロングの『この素晴らしき世界』など「これ聴いたことある!」という曲との再会が異様に嬉しく、聴いたことのある曲、なんとなく気に入った曲はすぐに録音ボタンを押した。だから私のカセットテープにはリップスライムや浜崎あゆみに混ざってマライア・キャリーの『エモーションズ』、カーディガンズの『カーニバル』、ダフト・パンクの『ワン・モア・タイム』、他にタイトル不明の曲がどんどん溜まっていった。
 12月はクリスマスソングがかかり、毎年ジョン・レノンの命日を教えてくれる。休日は両面に録音し終えたテープを再生して、付属のインデックスにひたすらタイトルか歌手名を書いた。といっても、知らない曲の方が多く「車のCMの曲」とか「洋楽」とだけ書いては、とにかく小さな字で全ての曲を書く。そんなテープが20~30本はあった。しかし、私は洋楽ばかり聴くちょっと変わったかっこいい中学生などではなく、まだまだ「これだ!」というミュージシャンを見つけられていない。見つける必要もないのだが、私はかっこよくてメジャーすぎないお気に入りの、私だけのミュージシャンを見つけたいと思っていたのだ。

 当時は地元にSMAPが来たこともあり、中学時代は最もハマっていた。SMAPブームは小学生の時も一度経験していたので、過去のものという気持ちで興味が薄かったのだが、偶然チケットを譲り受け軽い気持ちでコンサートに行ったところどハマりしてしまったのだ。本物のキムタクはカッコよかった。みんなそうだと思うが、キムタクからスタートして最後は中居くんに落ち着くんだよね。しかしこのブームには自分でも 「これじゃいかんだろう」思っていた。やっぱりメジャーなアイドルにハマるのは普通すぎる。中1の時の好きじゃなかった子も“モー娘。”が好きだったし、そういう子とは一線を画したい。とはいえ、周りもコンサートに行って目覚めた同級生が多く、美術部でもSMAPの話で盛り上がれるのが楽しかった。でも、何かもっと、アーティスティックでかっこいいミュージシャンにハマりたい。もちろん、他にも好きなアーティストはいたが、どれも友達が先にハマり私はその後追いだったので、なんだか人の真似をしている気分だった。ちなみに当時、背伸びして購入したCDはCharaの 『LIVE97−99MOOD』というアルバムである。すでにCharaは身近な友人の間でも人気だったが、ジャケットが可愛いし、Charaを好きな女の子になりたかった。そしてとにかく曲がいっぱい入っていてお得、というのもポイント。しょうもない理由だが今も大事にとってある。

 さて、家にいたくない私にとって、平日夜に家を抜け出せるチャンスは見逃せない。それはお祭りの練習だった。お祭りというのは、毎年9月に行われる地域の神社の祭典で、地元の祭りの中で最も規模と盛り上がりが大きい。町自体もまさにお祭りムードになり、我が家は祭りのメイン会場である商店街に近いこともあり、毎年親戚が集まっていた。
 小学6年生頃だろうか、リエちゃんに誘われてお祭りの練習に参加し始めた。練習とは、祭り当日に山車の上で 楽器や踊りを行うための練習である。町内ごとに「〇〇講」という名前のついた山車を持っており、踊りは町内の女の子が小学5年生くらいから、町内会に協力をお願いされて参加する子も多いようだった。着物を着てメイクをして舞妓さんみたいな髪にして扇子を持って踊るのは、子供の頃は憧れたが思春期にもなると抵抗があるもので、踊りをやっていた友人も義務感で参加していた。
 それとは対照的に太鼓と笛は人気があった。なにせ、お祭りに参加して山車に乗ることはカッコイイことだったからだ。祭りが平日なら午後は授業を休めたし、山車にいる若者はちょっとサグい感じ、不良まではいかないがやんちゃなイメージだった。中高生と20代前半が山車に乗るので、大人に認められたような気分になるし、山車で声をあげてウェイウェイする姿は、普段できないやんちゃをオフィシャルに披露できる絶好のタイミングでもある。とはいえ、正直小学生はまだ祭りの醍醐味を体験できない。祭りが最も盛り上がる夜のメインの時間帯は小学生は出られず、日中も山車を引っ張る役が多いし、大人びた中高生にもガキンチョは気にかけられていない。それもあってか中学生になると、リエちゃんは山車を引っ張りたくないし太鼓は法被を着なきゃいけないしダサいから笛にする、と立候補して本当に笛担当になった。たしかに笛は人数が少ないので山車に乗りっぱなしで、格好も、サラシを巻いて上から黒子のような服を着て祭りの玄人っぽい雰囲気になる。当然うちの母はサラシなんて許さないので、私は憧れることすらなかったが、サラシ姿でぷにぷにの二の腕をあらわにして、タトゥーシールを貼ってその日だけちっちゃなピアスを覗かせるティーンはよく見られた。確かにサグくてカッコよかった。
 そんな祭りの練習は平日夜、近所の小さな神社で行われた。地域行事への参加という名目で公式に家を抜け出し、友達と会えるなんて楽しすぎる。しかし、中学1年生、祭り参加2年目の年は幸先が悪かった。祭りの練習を仕切る茶髪の20代の男性に、初日から「君は今年初めてだっけ?」と言われてしまった。友達が「去年もいましたよ」とフォローしてくれるも、私より後から入った子もいたのに、自分だけ覚えられていなかった事実が影の薄さをダメ押しした。その後も、茶髪が指揮する全体練習で「うーん、なんか違うな」と度々ストップをかけられる。私は全く気づいていなかったのだが、それは暗に私に対する注意喚起らしかった。なぜそれを知ったかというと、ある日「今日は太鼓のテストをします」と宣言され、去年はそんなのなかったのに、などと思っていると、友人たちだけ畳の隅に集められ茶髪がヒソヒソと話しているのが見えた。そして友人たちがすまなそうに私のところへやってきて「あのね、太鼓もっと頑張れって」と言ったのだ。それ以上に堪えたのが、つい先程、茶髪が小声で「いい? 優しくだよ? 優しーくね」と友人たちに囁いていたこと、そしてこれまでの出来事が秒速で一本の線につながったことだ。つまり、全体練習で渋い顔をしていたのも、テストをすると言ったのも、おそらく私が“困ったちゃん”だったからだ。それを問題視した茶髪は、私と親しい子たちに私が下手なことを教えてやれと、太鼓のテストに落ちないように教えてやれと、ただし傷つけないように優しくと、そう話したのだ。これにより見事、同世代の友人たちにも、私が“へたっぴの問題児”であること、さらには、茶髪はそんな子も優しく気にかけてあげていることが、知られることとなったじゃないか。
 そんなこともあり、中学2年の夏、リエちゃんに「お祭りの練習行くでしょ?」 と声をかけられた時「行かない、やめる」と答えた。リエちゃんは困惑の表情だった。私も夜に家を抜け出せるチャンスを失いたくなかったし、祭り当日も暇を持て余さず済むので出たかったが、もう問題児で目をつけられる経験はこりごりだった。小学4年生の時も、水泳部の男子キャプテンに「真面目にやれよ」と言われたことを思い出し、私ってこんなのばっかりだ、と思うと同時に、運動に限らず何か集団の輪に馴染めない欠陥があるようにも感じた。でもこの頃は、クラスにも美術部にも友達がいたので、お祭りの輪から抜けるくらいでは大きな挫折には感じなかった。

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冬野梅子

漫画家。2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。2022年7月に、派遣社員・菊池あみ子の生き地獄を描いた『まじめな会社員』(講談社)全4巻が完結。
講談社のマンガWEBコミックDAYSにて「スルーロマンス」連載中。

Twitter @umek3o

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