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意識は、進化の中で「創発」された──筑波大学助教・鈴木大地氏インタビュー

「私が思い浮かべる『赤色』と、あなたの頭の中の『赤色』は、本当に同じ色?」
こんな問いを考えたことがある人は多いかもしれません。
そういった「赤い感じ」や「コーヒーの香りのあの感じ」等は、〈クオリア〉と呼ばれています。

重要なテーマであっても、これまで科学的にアプローチしにくかった〈クオリア〉。
そこにいま、様々な分野の最先端の研究者たちによる、新たな研究が進んでいます。
〈クオリア〉を探求する多様な研究者に話を聞く、インタビュー連載、ついに最終回です。

意識の進化的な起源を探る鈴木大地さん(筑波大学・生命環境系・助教)は、意識は、進化の流れの中で「創発」されたと考えている。魔法のように扱われる「創発」という概念だが、「進化」という視点からは、そのメカニズムがよく説明できるというのだ。

(聞き手・構成・文責:佐藤喬、特別協力:藤原真奈)

鈴木大地(すずき・だいち)■筑波大学生命環境系助教、北海道大学人間知・脳・AI 研究教育センター(CHAIN)客員研究員。博士(理学)。
鈴木大地(すずき・だいち)■筑波大学生命環境系助教、北海道大学人間知・脳・AI 研究教育センター(CHAIN)客員研究員。博士(理学)。

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意識は、進化の流れの中で生まれた

「意識」というテーマに関心がある人は、「自分以外の存在の意識はどうなっているんだろう」と考えたことがあるかもしれません。自分が経験できるのは、自分の意識だけだからです。

ほとんどの人は、自分以外の人間にも意識があると考えているでしょう。では、人間と近い種であるチンパンジーやゴリラはどうでしょうか? 進化の流れの中で、チンパンジーとヒトが分岐したのはおよそ500~700万年前ですが、分岐したとたんに、ヒトだけにパッと意識が芽生えたとは考えにくい。ですから、チンパンジーにもヒトのような意識があるかもしれませんね。

では、犬や猫はどうでしょうか。チンパンジーよりはヒトより遠いけれど、意識があるようにも見える。では、もっと遠い種はどうでしょうか。はるか昔に分岐した植物には、意識はあるのか? たぶん、多くの人は、植物には意識がないと思っているでしょう。

このように考えていくと、自然と、「意識は進化の歴史のどこかで生まれた」という結論に行きつきます。それがいつで、どのように生まれたのか。それを調べるのが僕の研究です。

「カンブリア爆発」の急激な進化が意識を生んだ

そのような、「意識の進化的起源」についての先行研究を僕なりに解釈した結果、意識は、進化の歴史の上で以下のようにして生じたのではないか、と考えています。

五億四千万年ほど前の地球で、「カンブリア爆発」という、生命にとって非常に重要なイベントが起こりました。それまではごく少数しかいなかった生物の種類が爆発的に多様化した現象です。

その要因として、捕食者と非捕食者との生存競争が激しくなった可能性が指摘されています。たとえば、捕食者の感覚器官や運動器官が進化してエサを効率的に追えるようになると、非捕食者のほうでもそれに対抗して、逃げる能力を進化させる。こうした競争の激化が、一気に進化を加速させたのではないか、という説です。

一例を挙げると、トッド・E・ファインバーグとジョン・M・マラットは、この時期に空間を三次元画像としてとらえられる「カメラ眼」を持った生物が登場したと述べています(『意識の進化的起源』、勁草書房)。眼に限らず、さまざまな感覚器官がこの時代に発達したのは間違いありません。

ただ、それが意識の誕生に直結するわけではありません。重要なのは、カンブリア爆発によって、視覚や嗅覚などのさまざまな感覚を統合して情報処理し、さらには行動につなげるシステムが必要になったことです。

こちらに向かってきている生物は、エサなのか、それとも危険な天敵なのか。そして自分はどう動くべきか。さまざまな感覚を瞬時に統合して判断し、行動しなければいけません。そこでは、「エサ=いいもの」「天敵=避けるべきもの」といった価値の予測も求められたでしょう。

つまり、カンブリア爆発は、感覚器や運動器官を急激に進化させただけではなく、それらと関係する情報処理能力も進化させたということです。それが意識の誕生につながっていきます。

イメージ画像:PIXTA
イメージ画像:PIXTA

「予測された世界」を経験する主体=意識

感覚器官を発達させた生物は、生存競争の中で、複雑な計算処理を瞬時に行う必要に迫られたわけですが、ここで問題になるのが、計算にかかる時間です。現代のコンピューターと同じように、複雑な計算をすると、どうしても時間がかかってしまいます。しかし、激しい生存競争の中では、この遅れは致命的です。

そこで多くの生物は、リアルタイムに情報を処理して計算するのではなく、計算にかかる時間を埋め合わせるために、その遅れ分を「予測」によって先取りする道を選びました。こうして、いわば、「予測される世界」のシミュレーションが生物の内部に誕生したのです。

すると、このシミュレーションを経験する「主人公」が必要になります。世界の情報をそのまま客観的に処理するわけではない以上、「誰にとっての」世界か、という、主体性が生じるからです。そして、この主体こそが意識です。

僕たち人間の意識も同じです。僕たちは、世界をあるがままに、客観的に意識しているような気がしてしまいますが、それは錯覚です。僕たちは世界そのものを経験しているのではなく、「予測された世界」を経験しているんです。

これはそれほど難しい話ではなく、誰でも経験していることです。たとえば、考え事をしながら階段を上っていたら、最後の一段があるはずのところが平地になっていて、「すかっ」と空振りになってしまったことはないでしょうか? これは、脳が「一歩先には階段があるはず」と予測していたのに、実際はなかったため、予測と観測された事実との間にズレが生じた例です。

この場合、階段を上っている最中の意識は考え事の方に向いていて、「階段を上る」という作業は、いわば脳の予測に任せていたわけです。しかし、その予測からズレた事実が出てきたので、意識を考え事からそちらにシフトさせたんですね。

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新刊紹介

佐藤喬

作家・フリーの編集者。著書に『エスケープ』(辰巳出版)、『1982』(宝島社)、『逃げ』(小学館)など。構成作は『動物たちは何をしゃべっているのか?』(山極壽一/鈴木俊貴、集英社)、『AIに意識は生まれるか』(金井良太、イースト・プレス)ほか。

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