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「彼氏つぐってチャラチャラすんでねぞ!」母の心配は杞憂で……第12話 初恋の来ない道

それは、まだ別のどこかのことは知らない、遠い北の地での暮らしでした――

『まじめな会社員』で知られる漫画家・冬野梅子が、日照量の少ない半生を振り返り、地方と東京のリアルライフを綴るエッセイ。
前回は、中学時代に起こった最初で最後の家出についてのエピソードでした。
そんな冬野さんも、ついに花の女子高生となりますが……。

(文・イラスト/冬野梅子)

第12話 初恋の来ない道

 高校生になった。花の女子高生というやつだ。
 私は高校に入学できたことが本当に嬉しかった。なぜなら、受験の日は、帰ってから自己採点してみたところ点数がイマイチで、受かるか落ちるか半々だったから。万が一受験失敗なんてことになれば、親の監視がますますキツくなるのは目に見えてるし、同じ高校を受けたリエちゃんは試験の手応えを感じていたようだから、幼馴染が受かって私が落ちたとなれば一生文句を言われそうだ。しかも受験失敗の負い目は私の人生設計にも大きく影響を与えるだろう。だって自分でも流石にマズいという気持ちがあるし、塾代ももったいない。少なくとも私の中学でいくつも高校を受ける人はおらず一発勝負が基本である。電車で1時間以上かかるところに私立の高校があるらしいが、うちの親が納得するはずもないし、周囲で通っている人も見たことがない。浪人することになれば親が度々口にする地元の名門高校に入ろうと躍起にならざるをえないだろうし、申し訳なさから「公務員になりなさい」攻撃にも刃向かえず、しぶしぶ従ってしまうだろう。
 だから、合格発表当日は自分の受験番号を見つけた時に安堵で泣いてしまった。よかった、これで肩身の狭い浪人生活をしなくていい、サザエさんで「テスト」というワードが出るたび親が思い出したように成績のことで怒らないかビクビクしなくていい、束の間でも自由になったんだ! これで未来への心配のないほのぼの春休みが過ごせると喜んだ。
 しかしそうはいかないのが我が家である。いざ高校用の教科書や制服を買う段階になった頃、寝る前に家計簿をつけているらしい母に呼ばれ、「はあーい」と間抜けな返事をしながら何の心の準備もなく居間に向かうと、母が「見れ! これ」と顎で示しながら書類を見せ、それが何なのか理解する間もなく「いいが? こんったにお金かがるんだど? 高校さ入るって! わがってんだがおめ! こんなにお金かかるの!! んだがら勉強せって言ってらの! 高校生なったがらって彼氏つぐってチャラチャラすんでねぞ!」と暴走車の急カーブみたいな音で怒られた。勉強しろというのはもっともだが、お金がかかるという点についても責められたように感じ、つまりこの場で何を言うのが適切かわからなかった。 じゃあ高校入学辞める、は違うだろう。お金は働いて返すから、とか、お金がかかってごめんなさい、と謝るのがいいんだろうか。ともかく、私がほのかに心の隅で温めていた“携帯電話を買ってもらおう”という希望はコンクリートで固めて海に沈めた。また母の神経に引火して炎上しかねない、もう一生言うまい。ついでに言うと、彼氏なんかできねーよブスなんだから!という言葉も全てグッと飲み込み「わかった」とだけ言い、寝た。

 そして携帯電話を持たずに高校生活が始まった。
 この頃はちょうど、“パカパカ”と言われる折りたたみ式の携帯電話が出始め、おそらくたいていの生徒が高校合格を理由に買ってもらうタイミングだっただろう。別に携帯を持っていない子は珍しいというほどでもなく、高校も携帯持込禁止でバレたら没収だったので学校で大っぴらに見せ合うことはない。それでも、新しいクラスで、初めて知り合う女の子同士、携帯もってる? メルアド教えて?というのが最初の挨拶だった。
 ところで、我が校は女子校である。田舎ではよくあることだが、高校を選ぶ時に選択肢はほとんどない。私も普通高校に分類される学校で、到底入れない進学校を除くと2校しか候補がなく、家から比較的近く、ガラが悪いなどの噂がない高校はここしかなかった。そのためか、結果的に母も従姉妹のお姉ちゃんも同じ女子高を出ている。受験に受かったその日は本当に嬉しかったものの、私も女子校では彼氏なんて作れないだろうと、大変に落胆した。ただでさえコケシみたいな地味顔で華がない。しかも4年かけて“アイプチ”で二重を手に入れてこの顔なのだ。通学中にうっかり誰かに告白されるなんてないだろう。バイトも禁止だし、中学で親しかった男友達なんかもいない。男性と関わるチャンスは皆無だ。あれだけ少女漫画で高校生の切ない恋愛を読み込んだのに、その機会が自分にないならば、本当にただただ鼻息荒く架空の恋愛に身悶えする地味な中学生だったことになるじゃないか。昔の漫画でいえばグルグル眼鏡に三つ編みで セーラー服の丈が長いちょいポチャの女、ギャグ漫画のキモキャラが目に浮かぶ。これになる、自分は完全にこれになる。インターネットがまだまだ普及していない時代でも、漫画やドラマ、クラスの男子、大人たちの言動からも、地味で無愛想な女が、例えばひっそりとハーレクイン小説を読んでいれば、単なる一個人のプライベートな趣味という理解ではなく、「女として性的に見られない性から遠い存在が、それゆえ欲求不満を募らせている」という解釈で嘲笑されることなんか知っていた。だからこそ、少女漫画を読んだからには彼氏を作らにゃいかんのだ。と、このように私は深刻に悩み落ち込み、そして半分以上諦めていたのだが、そんな私に向かって母ときたら「彼氏作ってチャラチャラすんな」などと呑気な心配をしていると思うと怒りで泣きそうになる。こっちは死活問題なのに。

 漫画やドラマで描かれる高校生の普遍的な恋、これを経験することなく3年間を過ごすのだ。そんな風に落ち込む反面、男子の評価が入ってこない環境かと思うと気楽でもあった。もちろん女子同士だって評価し合うこともあるが、男子の基準というのは別のベクトルがある。女子の基準と男子の基準両方を考慮し、なんらかの烙印を押されないようにと注意を払う生活から、女子の基準だけを考慮すればよいという生活に変わるのだからもはや楽勝ともいえる。私の通う小学校は中学で二つに分かれたため、小学校が同じだった懐かしい友人とも再会できたし、このクラスでグループ作りに苦労する必要はなさそうだ。まだ1年生なので、恋愛面で何の見込みもなさそうであっても、他で高校生活を充実させようと前向きな気持ちだった。私は性格的に、生活の嫌な部分や自分のダメな部分にフォーカスしてどこまでも落ち込み無気力になる傾向があるため、最初からやや高めのテンションとポジティブなキャラクターに自分を持っていき、それをキープすることで上手く回せると見込んでいた。顔に合った庶民的で親しみやすい、明るく気さくで「まいっかー」が口癖の面白い人に変身しよう。

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新刊紹介

冬野梅子

漫画家。2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。2022年7月に、派遣社員・菊池あみ子の生き地獄を描いた『まじめな会社員』(講談社)全4巻が完結。
講談社のマンガWEBコミックDAYSにて「スルーロマンス」連載中。

Twitter @umek3o

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