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運動ができない人が頭の中で考えていること 第7話 マイムマイムが踊れない

それは、まだ別のどこかのことは知らない、遠い北の地での暮らしでした――

『まじめな会社員』で知られる漫画家・冬野梅子が、日照量の少ない半生を振り返り、地方と東京のリアルライフを綴るエッセイ。
前回は、人気者の親友女子との「違い」に気づいてしまったエピソードでした。
今回は、小さな頃から運動が苦手だった冬野さんが、そのとき何を考えていたのかが綴られます。
(文・イラスト/冬野梅子)

第7話 マイムマイムが踊れない

 子供時代に運動神経が悪いと周りに迷惑をかけるが、それは同世代の子供達だけでなく先生という大人もイラつかせるようだった。

 小学校3年生の時、運動会の合間に見せる余興のようなものなのか、学年全員でマイムマイムを踊ることになった。
 男女交互に並び手を繋いで、大きな輪を作り音楽に合わせて簡単なダンスを踊る。小3にもなれば、おとなしい優等生でもない限り異性と手を繋ぐことに一旦嫌悪感をアピールし、「げー、最悪」などと文句を言ってから始めなければならない。私ももちろん嫌アピールをしたが、運動が苦手な私にとっては、走ったりドッジボールをするより輪になって踊る方が断然マシだった。
 その日は本番前の最後の練習の日だったので、3年1組と2組の全員で手を繋いで大きな輪を作る。幸い、仲のいい人同士で固まることができたので、私の隣に男子を挟んでリエちゃん(仮名)と並ぶことができ、あとはあの陽気な音楽に合わせて、何回かフワフワ踊ればいいと思うと気が楽だった。
 ところが、私の目論見は大きく外れる。

 これまでも何度か各クラスで練習済みのマイムマイムは楽勝のはずだったが、しばらくすると、隣のクラスの松中先生(仮名)が真剣な顔で何か言っているのが見える。しかもこちらを見ながらちょっと怒ったような顔で、「違う!! リエさん! 違う! そうじゃな……違う!」とだんだんと声色がキツくなる。松中先生は、去年は2年1組、リエちゃんのクラスの担任だったので、かつての教え子とあって熱が入るのかと思っていたが、何度も名指しで注意されるリエちゃんは困惑の表情を浮かべている。さらに不可解なのは、なんとなく先生の視線はリエちゃんではなく私に向いている気がすることだ。とはいえ私としても、あの簡単なマイムマイムの踊りに対して「違う!」なんてことがあるのか?と疑問だった。それにこれまでの練習でも、マイムマイムの出来について怒られた記憶もないので、頭にはてなを浮かべながらそのまま踊り続けた。するといよいよ顔を真っ赤にした松中先生が近づいてきて、「だから違うんだってリエさん!」と怒鳴り、強引に私の腕を掴み輪から引き剥がした。
 音楽に合わせて踊り続ける子供たち、特に同じクラスの人たちは、マジで全員「え!?」だったと思う。だって、それ、リエちゃんじゃない! 梅子だ!
 しかし先生のあまりの剣幕、そしてあまりの意外性にみんなただただ踊り続けるほかなかったのだろうか、私の記憶では笑い出したり、それリエちゃんじゃないですよ、とか言うクラスメイトもいなかった。
 というのも、松中先生という人は数学の学者みたいな風貌をしている。メタルフレームの四角いメガネ、猫っ毛のふわっとした髪、ストライプのシャツが似合いすぎてマンガのキャラクターみたいになってしまう細身の男の先生で、まるで冷静沈着が歩いているような堅い雰囲気、熱血漢とは程遠いイメージだった。なので顔を真っ赤にして怒る、さらに児童の名前を堂々と間違える、なんてとても想像がつかない。
 みんなの輪から離された私は、先生と向かいあって力強く手を握りつぶされ、「こう! こうじゃなくてこう! だから! 足はこうだって!」と繰り返し怒鳴られた。先生も顔を真っ赤にして怒っているので「こう!」と言いながら踏み出す足も、思いっきり力が入り「ダンッダンッ」と大きな音を立てている。私としては言われた通り左足の前に右足を出してステップを踏んでいるつもりなのだが、なぜか「違う! 違うって!」と余計にヒートアップさせてしまい、何度同じことをやっても注意されることが辛く情けなく、そして先生が怖く、泣きながら同じステップを踏み続けた。
 結局、先生からOKが出ることはなく、時間が来たので体育の授業は終了となった。

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冬野梅子

漫画家。2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。2022年7月に、派遣社員・菊池あみ子の生き地獄を描いた『まじめな会社員』(講談社)全4巻が完結。
講談社のマンガWEBコミックDAYSにて「スルーロマンス」連載中。

Twitter @umek3o

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