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運動のできない私を、勉強からも遠ざけた「母の罵倒」習慣……第8話 テストの川流し

それは、まだ別のどこかのことは知らない、遠い北の地での暮らしでした――

『まじめな会社員』で知られる漫画家・冬野梅子が、日照量の少ない半生を振り返り、地方と東京のリアルライフを綴るエッセイ。
前回は、小学生の頃に冬野さんを悩ませていた「運動のできなさ」についてのエピソードでした。
では勉強が得意だったのかというと、そうでもなかったようで……。

(文・イラスト/冬野梅子)

第8話 テストの川流し

 運動ができない、かといって勉強ができるわけでもなかった。
 小学校低学年の頃にはすでに親にテストを隠していた。小学校のテストは頻度が多く、いつ頃テストがあるというスケジュール感覚も皆無だった。先生の話を聞いていなかったのか、いつも突然「今日はテストです」と言われた記憶がある。それでも小学生の間は、テストに備えてテスト勉強などしなくてもそれなりに悪くない点数を取っていたつもりだった。私にとっては80点、いや70点台でも結構いいのでは、という感覚だったが、母には80点台でも怒られることが多かったのだろう。冬休み前にやらかしてしまったことがある。

 それは小学校2年生くらいと記憶しているが、いつものように幼馴染のリエちゃんと学校から帰る途中、民家の間に広いドブのような用水路のようなコンクリートでできた溝を見つけ、「ここにテストを捨てよう」と思いつき実行したのだ。
 この用水路のような溝は、子供一人分くらいの深さで、いつも水がほんの少しだけ流れており人が流されるほどではない。そのためか、通学中の小学生が大股でジャンプして反対側に渡る肝試しのような遊びがよく行われていた。その日は雪が降っていて、私はその日返却されたテストと、机の奥から発掘されたテストと合わせて20枚ほど抱えて途方に暮れながら歩いていた。なぜ途方に暮れていたかというと、まずこの点数では母に怒られる、そして折り目のついたテストたちは、長い期間机の奥に埋まっていたであろうことが明らかであり、隠匿罪で責められること待ったなしだった。

 幼少期の私は今以上に人に気を使うなんてできないので、帰宅までの10分ほど延々と「テストどうしよう」という泣き言を聞かされリエちゃんも大変だったと思う。脳内は「テストを親に見せたくないどうしよう怒られる」という言葉で埋め尽くされていた。
 そんな矢先、あの用水路が目に入ってしまったのだ。とっさに「ここに捨てる!」と駆け出して行った私を呆然と見ていたリエちゃんの目が忘れられない。明らかに「やめた方が……」という顔をしていたし、実際そう叫んでいたかもしれない。用水路はやや雪が溜まっているものの、ちょろちょろと水が流れていたので、ここに捨てれば笹舟よろしく流れていく算段だった。しかし、テストを捨てるなんて禁忌を犯すところを誰かに見られてはいけない。可及的速やかに任務を遂行しなければならない。上級生にせよ下級生にせよ誰かに見られて先生にチクられたらたまったもんじゃないし、先生が通らないとも限らないのだ。

 雪は若干吹雪の様相を呈し、寒さと罪を犯す恐怖と興奮で震えながらテストをヒラヒラと投げ捨てた。ところが、私の目論見ははずれ、テストは風に舞い用水路の雪の上にとどまり、何枚かは用水路の反対側にあるビルの敷地内に飛んでいってしまった。「全然流れない……」人生終わったと思った。ここにはしっかりとフルネームの書かれたテストが20枚も散らばっており、用水路に落ちたものはとても回収できそうにない。一瞬もう見なかったことにして雪に埋まり春になったら流れていく可能性に賭けようかと思ったが、ここは家から5分程度の場所で母が通らないとも限らないのだ。それどころか、大量のテストが落ちていると噂になって母の耳に入り学校で問題になろうものなら、一体どれだけ怒られるかわからない。そう思うと血の気が引いて涙が溢れた。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう」とパニックになって泣き叫ぶ私に、リエちゃんはどうすることもできず必死に慰めようとしてくれる。運動神経の悪い私には用水路に下りてテストを拾い、脚力と腹筋と腕の力を利用して勢いよく飛び上がり用水路から復活することなんて到底できない。こんなことするんじゃなかったと、わんわん泣きながら後悔した。

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冬野梅子

漫画家。2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。2022年7月に、派遣社員・菊池あみ子の生き地獄を描いた『まじめな会社員』(講談社)全4巻が完結。
講談社のマンガWEBコミックDAYSにて「スルーロマンス」連載中。

Twitter @umek3o

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