よみタイ

イタリアン店主の急所を突く「パスタ2皿だけの客」

二人でひとつずつパスタを注文

 そんなふうに語られるイタリアンならではの愚痴の定番が、主に若いカップルに対するそれでした。
「ウチの店をスパゲッティ屋かなんかだと勘違いして来るんだよ」
と、彼らは苦々しげに言うのです。
「二人でひとつずつパスタを注文して、それ以外はせいぜいシーザーサラダをシェアするくらい。ワインなんてとんでもない。その後デザートを注文してくれるのは良い方で、一緒にコーヒーを勧めたら『付いてくるんですか?』って」
 
 提供する料理そのものに関する愚痴もありました。
「ちゃんとしたパスタを出そうと思っても、クリームをしっかり煮詰めたらクドいって言われ、本場風のカルボナーラはこれはカルボナーラじゃないって言われ、メニューに無いペペロンチーノ作れって言われるから作ったら味がしないって言われ、とにかくホンモノは通用しないんだよ、この辺りの田舎じゃ」
 僕はいつも何となく相槌を打ちながらその愚痴を聞きました。それは自分の仕事の一部であり、彼らにとってそんなことをあけすけに吐き出せる場は他にそうそう無いことも知っていたからです。そして彼らの鬱屈自体はよく理解できました。
 しかし、そんな弱音をじれったく思っていたのも確かです。「甘いんだよ」とでも言いたくなる気持ちもありました。「それがあんたの選んだ道だろう?」と。でも 決して口には出しませんでした。なぜなら、彼ら自身もそれが「甘え」であるということ自体は重々解っていそうだったからです。
 

イラスト:森優
イラスト:森優

 その代わり、ちょっと無責任な提案を行ってみたりもしました。
「ちゃんとイタリアンらしいオーダーをして欲しいんだったらさ、夜のメニューは思い切ってプリフィックスコースだけにしたら良くない?」
 彼らはその場では、それも良いかもねえ、なんて言いますが、実行に移されることはありませんでした。なぜならそれをした瞬間、「スパゲッティ屋のつもりで来る若いカップル」は二度と来なくなるからです。愚痴は言いつつも、そんな人々無しに経営が成り立たないことは、彼らも百も承知だったことでしょう。
「ペペロンチーノもカルボナーラも、『現地風』と『日本風』の2種類ずつメニューに置くってのどう? みんなのカルボナーラ950円、本場風カルボナーラ1300円、みたいな」
 これは割と真面目な提案のつもりだったのですが、酒の席での与太話として、笑いと共に深夜の空気に溶けていっただけでした。
 余談ですが、その後この「現地風と日本風の2種類ずつをメニューに置く」というアイデアを、自分たちのエスニックカフェで採用したことがあります。全てのメニューというわけではありませんが、トムヤムクン、ヤムウンセン、ガパオ、といった定番メニューに関しては、現地そのままを再現したものと辛さやクセを抑えた食べやすいものを両方メニューに載せたのです。この話はこの話でちょっと面白いのですが、本題から逸れすぎるので、またいつか機会があったらお話ししましょう。

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新刊紹介

稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
最新刊は「よみタイ」での連載をまとめた『異国の味』。

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