2026.8.12
作家ものやイッタラ、アルテックの器と花と【群ようこ『今日も愛でたい』 第4回】
その一方、着物、和装小物、アクセサリー、はがき、封筒、便箋など、手放さずに愛用しているものたちも。
新連載のエッセイでは、モノをできるだけ増やさないという鉄則の中で、厳選して身の回りに置いている愛用品についてのエピソードを綴っていただきます。
前回は、見つけるとついつい買ってしまう紙小物についてのお話でした。今回は、花器について。かつては花に興味がなかったという群さんが毎日花を飾るようになったきっかけとは?
イラスト/ヨツモトユキ
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今日も愛でたい 第4回 作家ものやイッタラ、アルテックの器と花と

若い頃は花にはまったく興味がなかった。母親は私が小さい頃に、花壇に花の種を植えて草木の世話をし、私が大学生の頃には畑を借りて野菜を作り、食べきれないのでご近所に配ってはとても喜ばれていた。一方、私は植物を育てるセンスは皆無なのだ。
今でも思い出すのは、小学校での鉢植えを育てる課題である。マリーゴールドや朝顔の鉢植えを家に持ち帰り、どうやって世話をしたか、そして花が咲くまでの観察日記を書くはずだったのに、花はあっという間に枯れた。うちの両親は、子どもの学校からの課題には、手を貸さない人たちだったけれど、華道の日本古流を習っていた母親は、「ちょっと元気がないわよ」「ほら枯れ始めているようだけど」などあれやこれやといってはいたが、当の私が、ふんふんとうなずきながら、適当に世話をしていたので、花はあっという間に枯れてしまった。そんな状態で観察日記が書けるわけもなく、そして嘘は書けないので、
「うえきばちをもってかえりました」「かれました」としか書けなかった。提出して戻ってきた観察日記には、大きな赤い文字で、
「いったいどうしたのですか」
という先生のお言葉が書いてあった。枯れちゃったものは仕方がないと思ったのだが、同じクラスの子に聞いてみると、女子で枯らしたのは私だけだった。どうして育てることができるのかとびっくりしていると、みんなは、「ふつうに水やりをしたら、きれいに咲いた」という。私も同じようにしたつもりだったがだめだった。といっても自分がやる気がないのはわかっていたから、やっぱりね、と特に悲しくもなかったが、母親はちゃんと世話をしないからだと、いつまでも怒っていた。
そんな具合なので、私と花は相性が悪いと思っていた。咲いているのはきれいだと感じるけれど、それと関わるのは面倒くさかった。実家にいるときは、母親が毎日、花を飾っていた。様々な形の花瓶は、すべて父親が買ってきたものだった。外国製の真っ赤なガラスの花瓶に花を活けて、玄関に置いてあったのは覚えている。黄色いレモンに耳がついたような実がその花瓶に活けてあるのを見たときは、
「こりゃ、なんだ」
とびっくりした。すると母親は、
「これはフォックスフェイスというものだ」
と自慢気に胸を張っていた。こういうものもあるのかと知ったけれど、それで花全般に興味を持ったわけではなかった。
ひとり暮らしをはじめてからは、花瓶を持っていなかったので、正直、困った。しかし花束をいただいて放置するわけにはいかないので、とにかく花瓶の代わりになるものをと探すと、掃除用のブリキのバケツしかなかった。水を替えて長持ちするように努力はしたつもりだが、すぐに花は枯れた。花がどれくらい長持ちするかも知らなかった。
しかし時折であっても、花をいただき、バケツの中で咲いているのを見て、何とかしなくてはと反省するようになった。花は一気に咲いて一気に枯れるのではなく、時差があって次々に枯れていく。徐々に本数が減っていくのを見ているうちに、一輪挿しくらいは持っていてもいいのではないかと、デパートに買いにいった。
何も知らないので、売り場の年配の店員さんに聞くと、三点ほど選んでくれた。迷っていると彼女が、
「これは絶対、いいです」
と後押ししてくれたので、値段が高いほうを購入した。たしかに透かしてみると光の反射が美しかった。しかし花瓶は買ったものの、そのために花を買う習慣はなく、一輪挿しは棚の奥に置かれたままだった。
その後、たまたま入った雑貨店で白い無地の円筒形の陶器の容れ物を見つけた。これならどんな花にも似合うだろうと買ってきたのだが、家に帰ってよく見たら、それはキッチンツールスタンドだった。しかしどんな花を活けても似合うので重宝していた。
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