よみタイ

スパゲッティがパスタと呼ばれ始めた日

日本ほど「外国料理」をありがたがる国はない……!
「現地風の店」が出店すると、なぜこれほど日本人は喜ぶのか。
日本人が「異国の味」に求めているものはなんなのか。
博覧強記の料理人が、日本人の「舌」を形成する食文化に迫るエッセイ。

前回から、日本の外食文化の絶対王者「イタリアン」を全5回にわたり論じていきます。

「ハザマのスパゲッティ」の時代があった

 大都市におけるガストロノミー的な限られた世界を除けば、一般に本場風のイタリア料理が普及して行ったのは、1990年代以降なのではないでしょうか。80年代のバブル期にそれは既に「イタメシ」と呼ばれ、ブームであるかのように言われていましたが、決して誰もがそのブームに直接触れられたわけではないはずです。当時の若い女性の誰もが「ジュリアナ東京」で羽根の付いた扇を振り回していたわけではないのと同じです。
 何にせよ本場風のイタリア料理店において、スパゲッティは突然「パスタ」と呼ばれ始めました。それまでの日本のスパゲッティとは明確な一線を引くことを、提供者側もお客さん側も強く求めたということだと思います。それはこれまでにない、最新型のおしゃれな食べ物でなければならなかったのです。
 こういう話になると、比較対象として常に持ち出されるのは「ナポリタン」です。日本は90年ごろを境に、ナポリタンの時代からパスタの時代に移り変わった、というのが、割と一般的な歴史認識なのではないでしょうか。しかし個人的にはこのナポリタン時代とパスタ時代の間に、もうひとつの時代が挟まっていたと考えています。世の中にそのジャンルを指し示す明確な言葉は無いので、僕は勝手にそれを「ハザマの時代」、そしてそこで提供されていたようなスパゲッティを「ハザマのスパゲッティ」と呼んでいます。

 ハザマのスパゲッティにはいくつかのスタイルがありますが、その典型は以下のようなものです。
 基本的には「スパゲッティ専門店」で提供されます。肉や魚のメインディッシュ的なものを扱うことは無いか、あってもあくまでサイドディッシュ扱いです。
 スパゲッティは、ナポリタンのような「ゆでおき」ではなく、注文のたびに茹でられる「ゆであげ」であり、またそのことが強くアピールされています。
 そのスパゲッティのメニューは、いくつかのカテゴリーに分かれています。代表的なパターンとしては、トマトソース/クリームソース/ガーリックオイル/和風醤油/スペシャル といった区分けです。
 その各カテゴリー内のメニューは「ベーコン」「ツナ」「小海老」「ほうれん草」「しめじ」といった食材が単体で、あるいは複数組み合わされて記載されており、それがそのままメニュー名となっています。お客さんは「トマトソースのベーコンしめじほうれん草」みたいな感じでオーダーします。つまりメニューは〔味付け〕×〔素材+素材+……〕の順列組み合わせが全て表示されるので、メニューの総数は時に膨大なものになります。
「スペシャル」のカテゴリーにはまず間違いなく「たらこ」「明太子」があります。「ウニ」もよくあります。それらは陶器の皿ではなく木製のボウルで提供されることも少なくありません。「カルボナーラ」も、この枠の代表選手です。

1 2 3

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント
稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。最新刊は『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)。

週間ランキング 今読まれているホットな記事