2023.4.28
スパゲッティがパスタと呼ばれ始めた日
「現地風の店」が出店すると、なぜこれほど日本人は喜ぶのか。
日本人が「異国の味」に求めているものはなんなのか。
博覧強記の料理人が、日本人の「舌」を形成する食文化に迫るエッセイ。
前回から、日本の外食文化の絶対王者「イタリアン」を全5回にわたり論じていきます。
「ハザマのスパゲッティ」の時代があった
大都市におけるガストロノミー的な限られた世界を除けば、一般に本場風のイタリア料理が普及して行ったのは、1990年代以降なのではないでしょうか。80年代のバブル期にそれは既に「イタメシ」と呼ばれ、ブームであるかのように言われていましたが、決して誰もがそのブームに直接触れられたわけではないはずです。当時の若い女性の誰もが「ジュリアナ東京」で羽根の付いた扇を振り回していたわけではないのと同じです。
何にせよ本場風のイタリア料理店において、スパゲッティは突然「パスタ」と呼ばれ始めました。それまでの日本のスパゲッティとは明確な一線を引くことを、提供者側もお客さん側も強く求めたということだと思います。それはこれまでにない、最新型のおしゃれな食べ物でなければならなかったのです。
こういう話になると、比較対象として常に持ち出されるのは「ナポリタン」です。日本は90年ごろを境に、ナポリタンの時代からパスタの時代に移り変わった、というのが、割と一般的な歴史認識なのではないでしょうか。しかし個人的にはこのナポリタン時代とパスタ時代の間に、もうひとつの時代が挟まっていたと考えています。世の中にそのジャンルを指し示す明確な言葉は無いので、僕は勝手にそれを「ハザマの時代」、そしてそこで提供されていたようなスパゲッティを「ハザマのスパゲッティ」と呼んでいます。
ハザマのスパゲッティにはいくつかのスタイルがありますが、その典型は以下のようなものです。
基本的には「スパゲッティ専門店」で提供されます。肉や魚のメインディッシュ的なものを扱うことは無いか、あってもあくまでサイドディッシュ扱いです。
スパゲッティは、ナポリタンのような「ゆでおき」ではなく、注文のたびに茹でられる「ゆであげ」であり、またそのことが強くアピールされています。
そのスパゲッティのメニューは、いくつかのカテゴリーに分かれています。代表的なパターンとしては、トマトソース/クリームソース/ガーリックオイル/和風醤油/スペシャル といった区分けです。
その各カテゴリー内のメニューは「ベーコン」「ツナ」「小海老」「ほうれん草」「しめじ」といった食材が単体で、あるいは複数組み合わされて記載されており、それがそのままメニュー名となっています。お客さんは「トマトソースのベーコンしめじほうれん草」みたいな感じでオーダーします。つまりメニューは〔味付け〕×〔素材+素材+……〕の順列組み合わせが全て表示されるので、メニューの総数は時に膨大なものになります。
「スペシャル」のカテゴリーにはまず間違いなく「たらこ」「明太子」があります。「ウニ」もよくあります。それらは陶器の皿ではなく木製のボウルで提供されることも少なくありません。「カルボナーラ」も、この枠の代表選手です。