2023.5.12
日本で「コースのイタリアン」がすんなり受け入れられた理由
「現地風の店」が出店すると、なぜこれほど日本人は喜ぶのか。
日本人が「異国の味」に求めているものはなんなのか。
博覧強記の料理人が、日本人の「舌」を形成する食文化に迫るエッセイ。
前回は日本のイタリアン普及の一大ムーブメント「パスタ」の登場について。
今回は、パスタ以外のイタリア料理が受け入れられるようになった「日本ならでは」の素地について考えます。
イタリア料理をコースで愉しむ時代がやってきた
前回まではパスタを中心に、日本における「本場風」イタリア料理の黎明期を追っていきました。今回はもう少し幅を広げ、その提供スタイルについて見ていきます。
正式なイタリア料理では、アンティパスト(前菜)→プリモピアット(パスタ等)→セコンドピアット(肉等のメイン)→ドルチェ(デザート) の順で料理が提供される、ということは、今ではほとんどの日本人にとって周知の事実だと思います。僕がそのことを初めて知ったのは30年以上前の高校生の時でした。ただし実際のレストランではなく、本で得た知識です。「イタリアのレストランでスパゲッティしか頼まないと、怪訝な顔をされたり、時に恥をかくことにもなる」と、そこにははっきりと書かれていました。
それまでスパゲッティとはラーメンや丼物と同様それ自体が独立した食事で、何か付いてくるとしてもせいぜいちょっとしたサラダかスープ、と信じて疑ったこともありませんでしたから、この新しい知識は衝撃的でした。
スパゲッティ以外にも前後にいろいろな料理が出てくる、ということ自体は、なんとなくですが腑に落ちました。洋食でも和食でも高級なそれは、様々な料理が順番に出てくることはよく知っていたからです。しかし問題は順番です。スパゲッティが最後ではなく前半で出てきてその後に肉料理、というのは、正直全くピンと来ませんでした。
その本には「イタリアではスパゲッティはスープと同じ位置付けだからこの順番なのだ」ということが書いてありましたが、ますます何を言っているんだかわからず、自分の中では「これは自分達とは関係無い、外国における奇習の類である」という中途半端な理解のまま、その時は終わりました。
今となっては当たり前のようにそんな流儀も受け入れていますが、内心「やっぱりパスタはメインの後の方がいいなあ」と思うことも少なくありません。実際、日本のイタリアンレストランでも、あえてその順番をひっくり返して提供する店は時々あります。それは日本人への忖度と言うよりは、むしろシェフ自身がそれを好ましいと考えて、あえてそうしている印象も受けます。ワインと共に前菜や肉料理をゆっくり楽しみ、パスタは「締め」みたいな、お蕎麦屋さん的感覚ですかね。