よみタイ

「お醤油ちょんちょん」が正しい食べ方? 刺身にかけられた「呪い」を解く

あらゆる選択肢のなかから、食の楽しみを自由に得られるようになった現代日本で、
本当の「おいしさ」はどこにあるのか——?
『異国の味』『東西の味』に続く、稲田俊輔による「味3部作」連載、第3弾!

第7回からは、魚料理編。今回は、現代では最も手軽に手に入るであろう魚料理「お刺身」です。

刺身 〜2種類の食べ方とグルメブームの呪い〜

 前回、日常のざっかけない料理はSNS等には上がりにくいし、上がったとしても細部までが整えられた「作品」に仕上がっている、ということを書きました。しかしそこには例外もあります。僕は密かに「PCメシ」と呼んでいるのですが、主に独身男性が、食卓ですらなく、PCの前でキーボードの手前や横に、スーパーの半額惣菜などを並べている食事風景です。
 これはある種の自虐ネタとして作品化されるので、細部を整えたり少し見栄を張ってしまったりということは起こらず、ほぼリアルです。でも、内容の献立的なバランスは、意外なほどちゃんと整っていたりするわけです。主菜の他に、サラダや納豆なんかもさりげなく添えられていたり。そしてその主菜として選ばれがちなのが、半額の寿司や刺身盛り合わせです。
 僕はこの種の画像を目にすると、なんだかとても温かな気持ちになり、心の中に自然とあの有名な歌が流れてきたりします。いいな、いいな、人間っていいな……。

 さて、こういう食事もまた広い意味での家庭料理ということになりますが、もっと一般的な家族の食事でも、似たようなことは絶対にあるはずだと思っています。特にスーパーに並んでいる刺身盛り合わせは、ほとんどがどう見ても2〜3人前です。そしてそれは少し豪華なフードパックに、大根ツマや大葉などと共に美しく並べられている。半額になるまで待つかどうかはともかくとして、買ってきてそのまま食卓に並べる家庭は、きっと少なくないに違いありません。
 僕自身は、職業病とでもいいますか、刺身を買うにしてもついついサクの方から見てしまいます。しかし実はサクの刺身って、種類が常に固定だったりするのです。マグロ、サーモン、鯛、ブリ、以上、みたいな。かたや刺身盛り合わせパックの方には、太刀魚とかサワラとか、そういう僕が本当に欲しい刺身がさりげなく入っていたりする。そしてある時気付いたのですが、サクの方が割安かというと、案外そうではないケースが多いんです。刺身に引く手間もツマも省かれている分だけ安いかというと、決してそんなこともない。
 つまり現代のスーパーは、刺身は既に切った状態で販売することを中心に考えていそう、ということです。むしろそちらの顧客の方を「贔屓」しているようにすら見えます。
 もちろん、サクですらない一本なりの魚を三枚におろすところから始めるような人々もいるでしょう。そもそも料理という営みにおいては、生活と趣味、両方の要素が複雑に入り組んでおり、その境界は曖昧なところもあります。しかし刺身を用意するために三枚おろしからスタートするのは、確かに半世紀前には生活の一部だったかもしれませんが、現代においては完全に趣味の領域です。丸の魚を捌いてアラも付けてくれるようなスーパーもありますが、これを活用できている人も、そう多いわけではなさそうです。

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 さて、ではそうやって用意された(買ってきた)刺身は、その日の献立において、どのような役割・ポジションを担うことになるのでしょうか。一言で刺身と言っても、僕はそれは微妙に異なる2種類の料理に分かれるのではないかと思っています。
 ひとつは、言うなれば「街の刺身」。刺身の端に醤油をちょこんと付け、わさびは醤油に溶くことはなく、これも刺身の一角に少しだけのせるということになりますね。そして一切れ一切れを大事に味わって食べる。嗜好品的な食べ方とも言えます。この食べ方を徹底する人は、おそらく「刺身はご飯とは合わない」と言うでしょう。
 もうひとつは「漁村の刺身」。もちろん漁村というのはあくまでたとえで、漁師めしのようなイメージ。わさびは最初から醤油に溶き、刺身にはそれをべっとりとつけて食べます。当然のようにご飯が進む食べ方です。刺身→ご飯→刺身→ご飯、と間隔を空けることなく一気呵成に食べ続けます。なので量的には「街の刺身」より、多く食べることにもなるはずです。
 さてこの二通りの食べ方、どちらにもそれぞれの良さがあると思います。そしてどちらかというと後者のほうが、より家庭料理的と言えそうです。しかしこの食べ方は、必ずしも多数派として広く受け入れられているようには見えません。そこには、この食べ方をうっすらと阻む、二つの要因があるからです。
 ひとつにはこの食べ方が、ある時代から「間違った食べ方」として広く認識され始めたということがあります。その時代とは「一億総グルメ時代」などとも言われ始めた1980年代中頃。
 このムーブメントは、確かに日本人の食に対する意識、知識、解像度といったものを飛躍的に向上させました。日本が今、世界中から「グルメ大国」的にみなされるのも、この時代があったからこそです。
 しかしその反面で、それは日本人に様々な「呪い」をかけたという側面もあったと思います。大きな問題としては、行き過ぎた天然信仰や国産信仰、そして添加物や農薬などに対する誤解などがあります。そしてそこまで実害は大きくないものの、大手食品メーカーに対する(若干陰謀論的な)偏見や、今話題にしようとしている「謎の正しさの押し付け」もまた、後の世に大きな影響を残しました。
「わさびを醤油に溶いてはならぬ。そんなことをしたらわさびの繊細な風味が消えてしまう」「醤油をべったり付けるのは、素材そのものの味を台無しにする下品な食べ方だ」……そういった「グルメ構文」は、馬鹿馬鹿しいと一笑に付するわけにもいかない、絶妙な説得力がありました。元々は都会の一部の高級な料理屋でひっそりと囁かれていたような極めてスノッブな流儀だったのではないかと思います。しかし当時は情報の発信が今のようにインタラクティブなものではなく、メディアからの一方向的なものだったこともあり、ほとんどの人はメディアがいかにももっともらしくピックアップしたそういうある種のファンタジーを「常識」として素直に受け入れるしかなかったのでしょう。
 もうひとつの要因は、もっと素朴で単純です。魚、特に刺身にできるほど新鮮なそれは高い、という事実。家族全員がご飯茶碗片手にお腹いっぱいになるまでモリモリ食べようと思うと、スーパーであってもなかなかの出費になります。いきおい、せいぜい一人当たり数切れの刺身を大事に大事に味わう、という(良く言えば都会的な)食べ方が選択されてもおかしくありません。しかもそれは世間一般では「正しい」食べ方とみなされています。
 まあ刺身をどう食べようと好きにしろ、という話ではあるのですが、少なくとも、わさびをドロドロに溶いた醤油に刺身をべったり付けて食べたい人たちが、やましさや肩身の狭さを感じなくてもいい世の中であってほしいとは思います。

イラスト:森優
イラスト:森優

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人/飲食店プロデュ―サー/「エリックサウス」総料理長。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火付け役となる。
SNSで情報を発信し、レシピ本、エッセイ、小説、新書と多岐にわたる執筆活動で知られる。
レシピ本『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『ミニマル料理』シリーズ、エッセイ『おいしいもので できている』『食いしん坊のお悩み相談』『異国の味』『東西の味』、小説『キッチンが呼んでる!』、新書『お客さん物語』『料理人という仕事』『食の本 ある料理人の読書録』など著書多数。

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