よみタイ

90年代、ドラマ「おしん」で親しみをもっていた日本へ、スーツケースひとつで降り立ったイラン人のレザー(第9回 前編)

フィンランドの首都・ヘルシンキにある「ヘルシンキ労働者学校」。
100年の歴史をもつこの場所で、元新聞記者の堀内京子さんはフィンランド語の教室に通いはじめました。
そこで出会ったのは、いろいろな国からそれぞれの理由で、この街へ来ることになったクラスメイトたち。
生まれ育った国を出る決断の背景には、どのような物語があるのでしょうか。
「ほぼ全員が(フィンランドの)外国人」という教室で交差した、ひとりひとりのライフヒストリーを紹介するルポ連載です。

今回は、一時期、日本にたくさん滞在していたイラン人の一人だったレザーの話を聞きます。

第9回 日本で暮らしたことのあるイラン人のレザー 前編

 ヘルシンキで、小学生の下の子どもを床屋さんに連れていくのが、小さな楽しみになっている。私が切っているとだんだん不格好になってくるので、2,3か月に一度、かっこよく切ってもらう。
 お店をやっているのは、イラン人のレザー。約20年前にフィンランドに来た。私の上の子どもの中学校で一番仲良しのクラスメイトのお父さんでもある。下の子どもは、髪を切ったあとで大きな板チョコレートをもらうのを楽しみにしているが、私はレザーとのささやかなおしゃべりが楽しみだ。私がフィンランド語を勉強中だと知っていて、手際よくカットしながらよく話しかけてくれる。お互いの子どもたちから、授業中にふたりでふざけていて先生に怒られたこととか、レザーの息子が背を伸ばしたくて牛乳をたくさん飲んでいることとか、家のこともなんとなくいろいろ聞いているので、親同士も気安く話ができる。何より、なんとレザーは1990年代に日本で働いていたことがあるのだ。

 イランで生まれたレザーは、両親や兄弟たちと暮らしていた。
「お父さんはビジネスマンで、お父さんもお母さんもよく働いて、でも子どもたちの面倒もよくみてくれて。幸せな子ども時代だったよ」
 レザーが小学生のときに始まったイラン・イラク戦争で生まれ故郷は爆撃され、父親の持っていた家や財産も全部燃えた。一家は疎開したが、父親はすっかり気を落としてしまった。しかも、3回も徴兵され戦争に行ったのだという。それでも、ケガなく帰ってきてくれたのは幸運だったのかもしれない。
「親戚の中には、戦争で18歳で亡くなった人も、身体にたくさんの銃弾を受けて帰ってきた人もいたから」

 戦争が終わり。10代のレザーは外出中にかつて「バシージ」と呼ばれる民兵だった男に服装をとがめられ、いきなり顔面を殴られたという。
「お前はハンサムで、女性を惑わす」
 半袖だったり、胸元を開けたりしていると、男性でも目をつけられたのだという。それで左目が少し不自由になってしまった。
 でもそのおかげで助かったこともある。軍隊に登録しにいったものの、左目のせいで家に帰されたのだ。
「軍隊に行った友人の中には、地雷を踏んで18歳で空に行ってしまった人もいるんだ」と振り返る。

 高校では、先生がとても厳しかったという。
「退屈で、自由になりたかった」
 18歳のときにパスポートを取ってすぐにマレーシアに行った。イランの若者たちがたくさんいて、ドイツに働きにいくという人たちもいた。
 そこで、「日本はいい国だぞ、仕事もあるしお金もいい」と聞き、日本行きのJALのチケットを買った。3か月はツーリストとして滞在できるところ、4年もいることになったというのだ。

記事が続きます

 レザーはマレーシアで日本の話を聞いたとき、日本はいい国なんだろうと考えた。イランのテレビでやっていた日本のドラマ「おしん」(NHKの連続テレビ小説)は、たまに見ていた。
「お父さんもお母さんも、いつもドラマを見て『オシン……』と泣いていたからね」
 そこでレザーは日本に行くことを決め、飛行機のチケットを買った。
「一人で日本行きの飛行機に乗ったんだ。インターネットもなかったし、情報はほとんどない。そのときは英語も話せなかったし、もちろん日本語もひとことも知らない。でも若かったのかな、何も怖くなかった。日本に着いたら、どうしたらいいかなと考えながら飛行機に乗って、気がつくと同じ飛行機にたくさんのイラン人もいた。その中の誰かが、『Ueno Park(上野公園)に行けば、仕事を紹介してもらえるよ』と教えてくれた」  

 成田空港に降り立ったレザーは、スーツケースひとつをもって、まっすぐ上野公園を目指した。「『上野パークはどこですか?』って」
 初めての日本。季節は夏だった。レザーはTシャツでベンチに座って、不忍池の周りにあるベンチに座り、「さて、これからどうしようかな?」と考えながら眠ったことを覚えている。すると朝、「なんで、ここで寝てるの? 必要なら、寝る場所と仕事を紹介するよ」と見知らぬイラン人に声をかけられた。近くには、イラン人の若者がたくさん泊まっている部屋があったそうだ。
「日本の会社での仕事を紹介する」というイラン人に引き合わされ、なけなしの所持金300ドルを払って、紹介してもらったのが山梨県にある住み込みのスクラップ業者の仕事だった。
「廃車になった車や、建物の廃材や、建設資材などがいろいろ運び込まれてきて、それを分類してスクラップにしていく仕事だったよ」

記事が続きます

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

関連記事

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

堀内京子

ほりうち・きょうこ
ライター。1997年から2023年まで新聞記者。退職し、現在は二人の子どもとヘルシンキに滞在。著書『PTAモヤモヤの正体』(筑摩選書)、共著に『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書)『まぼろしの「日本的家族」』(青弓社) 『ルポ税金地獄』(文春新書)、朝日新聞「わたしが日本を出た理由」取材班として『ルポ若者流出』(朝日新聞出版)がある。

週間ランキング 今読まれているホットな記事