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笑うことにも、おいしいものを食べることにも胸が痛んだ……罪悪感を抱えながらフィンランドで生きるウクライナ人の母

フィンランドの首都・ヘルシンキにある「ヘルシンキ労働者学校」。
100年の歴史をもつこの場所で、元新聞記者の堀内京子さんはフィンランド語の教室に通いはじめました。
そこで出会ったのは、いろいろな国からそれぞれの理由で、この街へ来ることになったクラスメイトたち。
生まれ育った国を出る決断の背景には、どのような物語があるのでしょうか。
「ほぼ全員が(フィンランドの)外国人」という教室で交差した、ひとりひとりのライフヒストリーを紹介するルポ連載です。
前編に続き、後編ではウクライナ人女性たちの思いを聞きました。

第6回 ウクライナ侵攻から4年、クラスメイトたちそれぞれの思い 後編

 フィンランド語の授業である日、「あなたにとっての“天使”は誰ですか? それについて話してください」というテーマが出された。まずはペアになって15分話した。そのあと、先生が、
「じゃあ、ペアで話した話を、みんなの前で何人か発表してもらいましょう。あなたの天使は誰ですか?」
と言った。たまたま先生が指したのは、ウクライナ人のタチアナ(仮名)だった。
「私の天使は、私の夫です。彼は戦争で亡くなりました」
と彼女は、涙を見せることも、声を落とすこともなく胸を張って言った。
「でも彼は、私と家族を今も守ってくれています」
「天使」というお題で、好きな人や、元気をくれるものについて話していたクラスの雰囲気はさっと変わった。指名した先生も驚いて、「なんてこと……今回の戦争で亡くなったのね……」と言った。
「おいくつだったの?」
「34歳です」
「本当にお気の毒」
 20代後半のタチアナも、激戦地で知られたウクライナの町からフィンランドに来たとは聞いていた。けれど、笑顔で教室に入ってくるだけで、ちょっとあいさつするだけで若さがあふれてくるような彼女がそんな戦争経験をして国を出てきていたことを知って衝撃を受けた。
 そして私は、その日自分のペアだった別のウクライナ人の女の子が、仕事のためにいつものように早く教室を出たのはよかったなと思った。彼女はスーパーマーケットで働いていて、授業を早めに抜けることが多かったせいもあって、ウクライナ人女性たちのグループには入っていなかった。髪の毛がくるくると愛らしい20代のシャイな子で、休憩中にたまに話しかけて笑ってくれるのを見るのが好きだった。
 彼女は「私の天使は、彼氏なの」と、はにかみながら話してくれたのだ。
「彼氏が天使なんて。いいね。フィンランドの人?」
「ううん、ロシア人。私たちは一緒に住んでいます」
 彼は、ロシアからフィンランドに移住した若者で、彼女が慣れないフィンランドでの生活や仕事に困ったときにはいつも助けてくれて、彼女を笑わせてくれる人だという。
 私は、ロシア人の彼氏が自分の天使だと言っていた彼女が、タチアナの話を聞いたら申し訳なく思うかもしれないと想像した。さらに、彼女が先生に指名されてそれを発表しなくてよかった、とさえ思った。タチアナがその話を聞いたら、複雑な気持ちになるのではないかと思ったからだ。
 けれども、少し考えると、それは私の側の想像に過ぎなかったのかもしれない。

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 私はウクライナとロシアが戦争していると聞けば、「ウクライナ人」と「ロシア人」がはっきり分かれて対立しているのだと思っていた。けれど教室で出会った人たちだけを見ても、そう単純に分けられる線はなかった。
 ウクライナ人といっても、夫を戦争で亡くした人がいれば、ロシア人の恋人と暮らしている人もいる。旧ソ連邦時代にウクライナで生まれ育ち、ロシアで学び、そのまま長くロシアに住んできたのでアイデンティティはどちらにも感じるという人もいた。ウクライナ出身だが母語はロシア語の人も、両親がロシア人とウクライナ人だという人もいる。それらが当たり前なので、私が想像したことは取り越し苦労だったかもしれない。
 国籍だけではその人のことはわからないし、説明できない。そして「ウクライナ人」と一言で言っても、その中にはそれぞれの人生があるということを、何人かのウクライナ人に会ったおかげで気づくことができた。

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堀内京子

ほりうち・きょうこ
ライター。1997年から2023年まで新聞記者。退職し、現在は二人の子どもとヘルシンキに滞在。著書『PTAモヤモヤの正体』(筑摩選書)、共著に『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書)『まぼろしの「日本的家族」』(青弓社) 『ルポ税金地獄』(文春新書)、朝日新聞「わたしが日本を出た理由」取材班として『ルポ若者流出』(朝日新聞出版)がある。

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