2026.4.28
「僕は絶対に戦争に行きたくなかった」徴兵を逃れてウクライナを出たアンドレイ
100年の歴史をもつこの場所で、元新聞記者の堀内京子さんはフィンランド語の教室に通いはじめました。
そこで出会ったのは、いろいろな国からそれぞれの理由で、この街へ来ることになったクラスメイトたち。
生まれ育った国を出る決断の背景には、どのような物語があるのでしょうか。
「ほぼ全員が(フィンランドの)外国人」という教室で交差した、ひとりひとりのライフヒストリーを紹介するルポ連載です。
今回は、ウクライナ人男性のアンドレイの話を聞きました。
第6回 ウクライナ侵攻から4年、クラスメイトたちそれぞれの思い 前編
「僕の話なんてハッピーエンドだよ?」
アンドレイ(仮名)はそういって、こちらの表情をうかがうように大きな瞳でじっと見返してきた。20代後半の男性だ。
「ウクライナで、僕よりももっと辛い経験をした人がいるのに、僕の話を聞きたいの?」
アンドレイは、念を押すようにそう言った。私は、「うん。たまたま知り合えた、あなたの話を聞かせてほしいんだ」と答えた。
フィンランド語教室で彼と初めて会ったのは、ロシアのウクライナ侵攻から3年目、2024年の夏で、クラスには他にも何人かのウクライナ人がいた。教室では、小柄な彼はいつも隅っこに座っていた。休憩時間に、マグカップや水筒を片手にできる話の輪に加わることもない。最初は無口でシャイな人なのかなと思っていた。授業ではいつも、2人一組やグループでの会話練習がある。先生たちは、いつも同じペアやグループにならないように工夫を凝らすので、数週間すればクラス全員と知り合える。ペアになってみると、その印象は変わった。
彼に「日本のことわざって、どんなものがあるの?」と聞かれ、私がとっさに「ええと……『石の上にも3年』とか?」といって説明すると、彼は「面白いね! ウクライナには『魚は深い場所を探す。人はよりよい場所を探す』という言い方があるよ」と教えてくれた。読書家らしく知識が豊富で、AIも使ってフィンランド語を勉強していた。
記事が続きます
そんなアンドレイの話をちゃんと聞かせてもらうのは、図書館の中だったり、図書館の周りを歩きながらだったりした。
ロシアがウクライナに侵攻してから戒厳令が出て、18歳から60歳の成人男性は原則、出国ができなくなり、徴兵の対象になる可能性が出た。そんな中でアンドレイは2年の間、自宅にとどまっていたのだという。
「家族は別の場所に避難したんだけど、僕が猫の世話をしながら、誰もいない家で一人で暮らしていた。徴兵される可能性があったのでほとんど家から出なかったんだよ」
「家から出なかったの?」
「若者を、力づくで徴兵することもあったんだ」と言いながら、彼は自分のスマホを取り出した。そして、路上から、抵抗する若者が無理やり徴兵のための車に押し込められている動画のいくつかを、私に見せた。
この戦争では、自ら志願して戦いにいき、犠牲となったウクライナの人たちがその時点で3万人を超えていたことを、私は日本でのニュースで見て知っていた。戦争の悲惨さは言うまでもないが、ウクライナの人たちの独立心や勇気、忍耐強さは心に強く刻まれていた。けれど、そのいくつかの短い動画を見て、前線に行きたくないと必死で意思表示していた若者たちもまたいたことを知り、私は胸が苦しくなった。日常生活が突然、戦時体制に入ったら、その戦争を受け止められるだろうか。徴兵を目の前にして、逃げようと必死になってもおかしくない。
「僕が徴兵されたら、間違いなく前線に送られていた。でも僕は絶対に行きたくなかった」
街のどこに徴兵チームがいるのかという目撃情報も共有され、それを確認しながら外出したとアンドレイは話した。彼と同じように、逃げる人たちは他にもいたのだという。
「国境地帯の山や、森を越えて逃げようとしている人たちもいた。国境警備隊に見つかれば捕まって、軍隊に送られる。もう2万人が捕まったという記事を見た」
その数字の大きさに驚いて確認した。英BBCやガーディアン、ウクライナメディアなどの報道によると、徴兵を避けるために侵攻が始まってから約4万人が違法に国境を越えて国外へ逃れようとして、そのうち約2万人が拘束されたという。また、徒歩や水路で、また偽造書類による出国などの方法があり、越境を許可してもらうために、国境警備隊員に賄賂を渡そうとするケースも数百件あったという。
「探せば、動員を逃れる方法を語っているチャンネルを見つけることもできる」とアンドレイは話した。中には、脱出を仲介するとうたって、振り込まれた大金だけを騙しとる詐欺すらもあるという。
「僕は、顔も知らない人に大金を払って、ウクライナを出てきたんだよ」と、自分のことを笑うように話した。けれども私は、全然笑えなかった。そこに生きのびる可能性があるなら、私もそうしただろうと思った。
アンドレイはこうも言った。
「ウクライナ人すべてが愛国的に見えているかもしれないけど、実際は、反戦とか停戦を口にしにくい空気がある。戦争になって、テレビの主要なチャンネルは統一ニュースを流すようになった。今は多くの人がSNSでニュースを見ている。フィンランドからウクライナに電話はできるけど、家族や友人へのメッセージを送るときは内容に気をつけている」
そして、ヘルシンキで出会うウクライナ人との交流も避けていると話した。
記事が続きます
「戦争が始まった後でフィンランドに来たっていう若いウクライナ人男性に会ったら、きっと僕と同じように、何かの方法を使って出国してきたのだろうと思う。でもそれを聞きたくないし、話したくもないから」
そして、切り替えるように言った。「フィンランド語クラスに入ったのは、ここに長く住むならフィンランド語が必要だと思ったから。ネットで見つけた。いい先生とクラスメイトたちに会えて嬉しかった。みんなバックグラウンドは違って、どの人生のストーリーもまるで一冊の本みたいだ」
「そうだね」
「僕の話はハッピーエンディング。平凡で退屈な話だ。2年の間、ほとんど家を出られなかったけれど、今では好きなときに、好きなところに行ける。家族もみんな元気だ。マリウポリなどで大変な思いをした人たちがウクライナにたくさんいる。それを考えたらハッピーエンドなんだよ」
アンドレイはそう繰り返した。
記事が続きます
![[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント](https://yomitai.jp/wp-content/themes/yomitai/common/images/content-social-title.png?v2)















