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ニベアのリップクリームよりカバヤのお菓子が好き。そんなおじさんがリップケアに目覚めたら?

爪切男、四十にして惑う?
ドラマ化もされた『死にたい夜にかぎって』で鮮烈デビュー。『クラスメイトの女子、全員好きでした』をふくむ3か月連続エッセイ刊行など、作家としての夢をかなえた著者が、いま思うのは「いい感じのおじさん」になりたいということ。これまでまったくその分野には興味がなかったのに、ひょんなことから健康と美容に目覚め……。

前回は「食欲の秋」も本番。体にはいいけど、苦手だった食材、キノコを食べてみた著者。
今回は、そろそろ乾燥シーズンの到来。というわけで初めてのリップクリームに挑戦してみたようです。
(イラスト/山田参助)

第31回 ここでキスして~おじさんのリップクリーム狂騒曲~

 いまさら言うことではないが、私にとって「美容」と「健康」とは、SFの世界の話であった。
 ひたすら自堕落な生活を送り、今までの人生で己の身体のセルフケアなど一切してこなかったおじさんにしてみれば、化粧水、紫外線対策、ルイボスティー、足の角質ケアに眉毛サロン……といったものとの出会いは、宇宙人や幽霊に出くわすのと同じぐらいの驚き、まさに〝未知との遭遇〟の連続だった。
 映画や小説だけの話ではない。真のSFやオカルトとは、もしかしたら私たちの身近な生活の中にこそ潜んでいるのかもしれない。
 
 さて、今回私が新たに遭遇する未知なる世界。それは〝リップケア〟である。

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 リップケアと言われて頭に浮かんでくるのは中学、高校時代のセピア色の原風景。秋冬の乾燥がひどい時期の休み時間や授業中、カサカサになった唇にリップクリームを塗っているクラスメイトたちの姿である。
 そこまで唇が乾燥するわけでもないのに、みんなの真似をしてリップを塗ろうかなと思ったりもしたのだが、顔から首まで広がるひどいニキビに悩まされていた私は「こんなにも醜い私がリップを塗ったところで何の意味があるんだろう。顔も汚いのに唇も汚いんだねとか言われて、哀れみを受けたり馬鹿にされたりするのも辛抱できない」と泣く泣くリップクリームの購入を諦めた次第なわけで。

 いつしか憧れは憎悪に変わる。
 リップクリームを塗るなんて行為は軟弱者がすることである。唇が多少荒れたところで命には何の別状もない。スティックのりの模造物などには頼らず、己の舌で乾いた唇をペロペロと舐めて乾燥に打ち勝つべし。それに、唇がちょっと荒れているぐらいが人間らしくていいじゃないか。金子みすゞと相田みつをもそういうことを言ってるんじゃないのか。ああ、そうか、キスか、接吻だな。キスをするときのエチケットでリップを塗っているわけか。畜生、羨ましいでございますなぁ……。まぁそんな具合にリップクリームとそれを使う奴等のことが嫌いになっていった。

 そして、リップクリームの人気ブランドである「ニベア」のことも嫌いになった。「ニベヤ」なのか「ニベア」なのか知らんが、そんなものよりもカバヤ食品のお菓子を食え。タミヤのミニ四駆で遊べ。「ニベアよりカバヤ。ニベアよりタミヤ。私の人生にニベアなど必要ない!」という強い信念から、結局私は一度もリップクリームを手にすることがないまま青春時代を終えることになったのだ。

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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