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フェイラーのハンカチ 【群ようこ 『今日も愛でたい』 第1回】

エッセイ『かえる生活』『かるい生活』『しない。』『これで暮らす』などで描かれているように、断捨離を経て、「手放す」ことを意識して生活を送る群ようこさん。
その一方、着物、和装小物、アクセサリー、はがき、封筒、便箋など、手放さずに愛用しているものたちも。
新連載のエッセイでは、モノをできるだけ増やさないという鉄則の中で、厳選して身の回りに置いている愛用品についてのエピソードを綴っていただきます。

連載第1回は、「かわいい!」と「楽しい!」の絶妙なバランスで、今や大人気の、あのブランドのハンカチについて

イラスト/ヨツモトユキ

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今日も愛でたい 第1回 フェイラーのハンカチ

イラスト/ヨツモトユキ
イラスト/ヨツモトユキ

 私が二十代前半の若い頃、スティーブンス社製のタオルが、ごく一部で流行したことがあった。女性のひとり暮らしがぽつぽつと出はじめ、実家ではそうはいかないが、自分のお金で素敵な生活用品を使うことが可能になると、ファッション雑誌に紹介されていた、そのうちのひとつだった。
 昔、家庭で使うタオルは、あまり自分たちで購入するものではなく、いただくものという認識があった。贈る側には、消耗品で何枚あっても困らないだろうという気持ちがあり、いただく側も、腐るものではないし、いつかは使うからありがたいという、お互いの認識が一致して、やりとりされていたのだろう。引っ越しの隣近所への挨拶にも、タオルだったら間違いないといわれていた。
 そうなると当然、いただく側の趣味とは違うものがやってくる。白やクリーム色などだったら問題はないのだけれど、ぎょっとするような青色とピンク色のセットの箱が到来したり、花束がどーんとプリントされているものがあったりした。今、レトロなタオルとして見ると、それなりにすべてかわいいのだが、当時は、どうしてピンク色の地に、こんな赤い柄を入れるのかと首を傾げていた。
 柄物のタオルをくださる方の趣味も様々なので、当然、趣味が一貫しておらず、様々な種類の柄が集まった。そしてなぜか母親は、柄物のタオルを使うのはもったいないと、押し入れにしまっていた。ふだん使っているのは、白地で薄手のタオルの端に、「○○工務店」など社名がプリントしてある、いわゆる温泉タオルで、いくらananや外国のファッション雑誌を見ていても、実際に使っているのが温泉タオルではなあと、当時の私は忸怩じくじたる思いでいたのである。

 それが二十四歳のときにはじめてひとり暮らしをすることになり、自分のお金で好きなように生活用品を選べるとなったとき、まっさきに買いにいったのが、アメリカのスティーブンス社製のタオルだった。ソニープラザ(現:プラザ)で取り扱いがあったので、まずワイン色と茶色の二枚を買ってきた。雑誌によれば日本のタオルとまったく違い、色が美しく地厚で触り心地がよく、耐久性があると紹介されていた。大きな家具は無理でも、タオルくらいなら何とか買えたが、それでも当時、何百円単位で国産のタオルが買えたのに、三、四千円したのではないかと思う。
 たしかにそのタオルはベルベットのような手触りで、色も素敵だし、さすがに温泉タオルとは違っていた。しかしいざ使ってみると、使いにくいところが多々出てきた。
 まず洗濯機に入れて洗ったら、ワイン色のほうから色が出て、一緒に洗っていたものすべてがほんのり赤く染まってしまった。ただでさえ家事が面倒くさいのに、そのタオル二枚だけのために、別にして洗わなくてはならなかった。そして地厚な分、なかなか乾かない。会社に勤めていたので、日中に外干しができず、室内に干して仕事に行くのだが、帰ると部屋全体がじっとりしている。当時は洗濯機は乾燥機なしの二層式が普通だったし、アパートの部屋にはエアコンがないのも普通だった。
 そうなると生乾きのタオルからは、あのいやな臭いが発生してくる。私が憧れたアメリカの素敵なタオルは、ただのくさい臭いを発する布きれになってしまった。もちろんそれはタオルのせいではない。アメリカとは違い、日本は湿気が高い。洗濯も仕上げに乾燥機を使い室内に干す習慣はない。私の生活と一致するところなど何もないのだ。二十歳のときにアメリカで三ヶ月だけだが生活していたのに、状況をよく考えないまま、素敵なタオルを使いたいというだけで購入し、見事に失敗したのである。

 大枚をはたいて失敗したので、以降は国産のタオルを愛用していた。私の友だちが大学卒業後、すぐに結婚して数年後に離婚し、お父さんの実家がある愛媛県の今治市に、子どもと一緒に引っ越していった。
「タオルはいくらでも送ってあげるから」
 といってお中元とお歳暮がわりに地元のタオルを送ってくれていた。ただし彼女がリボンやハート好きの人で、薄ピンクにリボンの刺繍があったり、ハートのアップリケがついているような、ギフト用のきれいなタオルばかりを送ってくれた。
 私は着る物や持ち物など、極力女っぽさを感じるものは避けていたので、そういった趣味のものが増えるのは、うれしいような困ったような複雑な思いだった。しかし品質はよかったので、あまりこうるさいことはいわないで、彼女が私のために選んでくれた気持ちを素直にいただくことにした。さらに数年後、彼女のご両親が次々に亡くなり、子どもの教育費もかかるようになったので、私のことは気にしないようにと、タオルを送ってもらうのは遠慮した。その後は雑貨ブームがあって、あちらこちらに雑貨店が増え、そこでグレーや紺色のタオルを購入していた。品質も大事だけれど、色でも選んでいた。家の中にその色があってもいいのかという選び方だった。

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新刊紹介

群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『捨てたい人捨てたくない人』、エッセイに『還暦着物日記』『スマホになじんでおりません』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』『ちゃぶ台ぐるぐる』『かえる生活』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』』など著書多数。

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