2026.5.16
神々からのメッセージを読み解く占いは、世界を分類する理性的な部分と非理性的な部分の境界にある【 新刊『昼間のスターゲイザー』試し読み】
星は昼も変わらず空で輝いているはずなのに、その瞬きは見えないし、存在も意識することもほとんどない――。「こころ」や「運命」をそんな星になぞらえ、占いと心理学から語り合った1冊です。
東畑開人さんによるまえがきの全文、序章ともいえる『打ち合わせ 昼と夜のあいだで』の一部抜粋公開に続き、『占いがはじまるとき 前編 起源をさかのぼる』を一部抜粋公開します! テーマは鳥占い、肝臓占いと言った古代の占いと人間の関係について。

1回目の対話 占いがはじまるとき 前編:起源をさかのぼる
鳥占いと肝臓占い ――カオスをコスモスに変える「テンプレ化」
東畑 占いの謎を解き明かす上で、最初のテーマにさせていただいたのが、「占いがはじまるとき」です。どういうときに占いははじまるのか。言わば、占いの原点、もしくは出発点について鏡さんと話をするところからはじめてみようと思ったわけです。
このとき、占いのはじまりには三つのレベルがあると思ったんです。一つ目が、人類がどのようにして占いをはじめたのかという歴史的発生。次に、子どもが占いに興味を持ち、占い遊びをはじめるのはなぜかという発達史的発生。最後が、大人たちが占いを必要とするのはどんなときかという生活史的発生。これらには通底するものがあると思うのですが、ひとまず歴史的発生について話していきましょうか。何事も起源からはじめると、視野が開けてくるものです。
鏡 誰が最初に占いをはじめたのかって、わかるはずがないでしょう? 高校生のとき、世界史の授業で「最初の哲学者はタレスだ」と教わりましたが、僕にはこれが疑問でした。「私はどこから生まれてきたの?」と不思議に思った子どもや大昔の人がいたら、それはもう哲学者ですから。
東畑 たしかにそうですね。自己意識を持った瞬間に哲学ははじまる。ヘーゲル的な世界観ですね。
鏡 「占いのはじまり」を問うのはこれに近いです。現生人類以前にも「占い」をした存在もいるかもしれないし。あえて語るとすれば、占いを「うら」(裏)を「なう」(行う)ことだと定義して、人間が五感を超えた世界を感知した瞬間をそのはじまりと捉えるような語り方になるでしょう。
記録でたどれる範囲では、亀の甲羅や鹿の肩甲骨を焼いてその割れ目の形状を読み解く中国の亀卜・骨卜や、夢を神々からのメッセージとして受け取り、タブレット(粘土板)に記した古代バビロニアの夢占いなどが最古のものになるのかな。我々の占いに通ずるような地中海世界の体系的占いでは、鳥占い、腸占いや肝臓占い、占星術などが最古級のものですね。
東畑 鳥占い、めちゃくちゃいいですね。これは空を見ていて、偶然飛んでくる鳥から何かを読み取っていく発想ですか?
鏡 鳥を使う占いはさまざまあります。鳥の鳴き方とか、どんな鳥が現れるか、鳥が餌を食べるかどうかとか。仰るように鳥の飛び方はとくに重要で、鳥占いをする人は古代ローマでは公的な役職でした。英語で「幸先が良い」は「auspicious」ですが、これは鳥占いを意味する「augury」が語源です。
ローマの歴史家ティトゥス・リウィウスの記述を見ると、都市を見渡せる丘の上などに鳥占いをするための場所を設営したみたいですね。神々に祈りを捧げ、「リトゥウス」と呼ばれる魔法の杖で天空と地上に区画を作って、どの方角から飛んできたかを観察したようです。

東畑 なるほど、マッピングしていくと。
鏡 この空間を「テンプルム」と言ったそうです。
東畑 寺院ですか?
鏡 そうそう。聖なる空間ということなのかな。一方で、このテンプルムが今でいう「テンプレート(template)」とも語源的につながっているのがとても面白いと思うのです。そう、「それテンプレでしょ」のテンプレート。ちょっと強引ですが、このつながりに僕は強い意味を感じてしまうのです。
最初、占いはおそらく「オーメン」でした。神々や超越的な存在が一方的にサインを送ってくるもので、夢占いなんかが代表的です。こういうのを「自然的、霊感的占い」とローマ時代には分類しました。他方で、体系的な占いでは神々のランダムなメッセージをなんらかの形に落とし込んでいく。「人工的な占い」と呼ばれるもので、代表的なのが占星術。カオスをコスモスに区画化していく作業が軸になるわけですね。つまり、区画、テンプレートが必要になる。
東畑 面白い。それを聞いて思い出したのですが、遺跡の発掘調査をしていると、ネアンデルタール人の骨があるところには花粉がたくさん落ちているそうです。動物によって運ばれたという説もあるようですが、ただ骨を捨てているんじゃなくて花も一緒に埋めている、つまり埋葬していて、彼らが死後の世界を考えていたとする説も読んだことがあります。
人類はどこかのタイミングで見えないものが存在することを感知しはじめるんだけど、それだけだとまだ十分ではないんですよね。見えないものの処理の仕方を考えないといけない。それらを受け止め、意味や物語を考えざるを得ない。このとき、テンプレが必要になり、そこで占いがはじまる。人間的な努力を感じますね。
鏡 今ではまったくすたれていますが、古代の地中海地方では腸占いや肝臓占いも盛んだったんですよ。神々に羊や山羊などの動物を捧げ、内臓を取り出してその様子を観察して占うものです。
東畑 心臓ではなく肝臓や腸を使うんですね。
鏡 肝臓は臓器の中でも大きな器官であったこと、また健康状態によって差が大きいことから重視されたのではないかと想像します。
古代の肝臓占いを再現した人のレポートを読んだことがあるのですが、肝臓を取り出すとみるみる色が変わっていったんですって。水晶玉みたいに、占い手の想像力を投影する受け皿として適していたのかもしれない。また、肝臓が予見の力を持つ器官であることは、プラトンの『ティマイオス』にも出てきます。
それから、占星術では惑星と人体を対応させますが、肝臓は木星に帰属します。木星は神託の神であるゼウスですから、これも重要でした。
東畑 なんか健康診断を思い出してしまいますね。現代的肝臓占い。
鏡 あはは。現代の肝臓占いではγGTPの数値などを見ますが、古代では、肝臓をいくつかの区画に分けてどこにしるしが現れているかを見ていたようです(下図)。エトルリアでは十六の区画に分けていたとか。漢方薬局とかに行くと、人体の概略図がありますよね。いくつも線が引いてあって、「この部位は何々を表す」といったような。あれの肝臓版を使って、神官たちが肝臓占いを勉強していたようで、肝臓占いの模型がたくさん残っています。たしか、ルーブル美術館に所蔵されているものもありますよ。いかに肝臓占いがポピュラーだったかがわかりますね。肝臓や腸のこの区画と占星術の原型になった天空の区画には対応関係があるという説もあります。天と地の照応です。
区画に分けるこの「テンプレ化」が、体系的な占いにおいては重要なんですね。偶然的な神々からのメッセージを読み解き、その意志を伺うのが占いではあるけれど、その解釈のプロセスは、世界を分類するという合理的な思考と結び付いている。占いが理性的な部分と非理性的な部分の境界にあることがよくわかります。

東畑 重要なご指摘と思います。占いの半分は理性でできている。
鏡 マルセル・グリオールとジェルメーヌ・ディテルランの『青い狐 ドゴンの宇宙哲学』(坂井信三訳、せりか書房、一九八六年)という西アフリカのドゴン族のフィールドワークについての本にも、ドゴン族が砂の上に区画を描き、その上についた狐の足跡で占いを行っていたことが書かれています。中国の亀卜・骨卜もそうですね。亀の甲羅や動物の肩甲骨に火箸を刺して、甲の割れ方を区画に当てはめて考えるわけです。
これは象徴思考と分類思考の表れだと説明することができます。占いは宇宙という全体性を分節・分類思考によって整理し、そこに配されたさまざまな偶然的なファクターを象徴的に解釈していく営みだということが確認できます。二〇世紀の人類学者たちは占いの一見荒唐無稽に見える連想の深層に、「合理的」な現代人と同質のロジックが働いていることを見出したわけですね。
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