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美容初心者おじさんがつけている美容ノートと”私だけの赤ペン先生”

 長い時を経て、ようやく私だけの赤ペン先生が現れた。さあ、先生はどんな素敵なアドバイスを書いてくれたのだろうか。

「お風呂で念入りにフェイスマッサージをしたと書いていますが、あなたがお風呂で寝オチしていたのを助けに行ったのは誰ですか? お風呂で死んだ人がどういうことになるのか調べてみてください」

「寝る前に養命酒を飲んだと書いてますが、私に内緒でガムシロップを大量に入れたミルクコーヒーを飲んだことはバレています。私はあなたの全てを知っています」

「8時間たっぷり睡眠を取ったと書いていますが、イビキに関しては分かっていますか? 寝ている時間の半分以上は騒音を巻き散らかしている自覚を持ちましょう」

「毎日同じ冷蔵庫を開けたり閉めたりする。これが誰かと一緒に暮らすということです。自分だけじゃなく、パートナーの存在を常に忘れないように。そして誰かと一緒に生きている幸せをもっと噛みしめましょう」

 なんと手厳しいお言葉か。でも全然嫌じゃない、むしろありがたい。人生における赤ペン先生は厳しいぐらいがちょうどいい。

 四十代で美容と健康に目覚めてからというもの、他人の意見に素直に従うという当たり前のことができるようになった。
 彼女や女友達の意見を参考に化粧品や日焼け止めを購入し、眉毛の専門家に教えを乞うために眉毛サロンにまで足を運ぶようにもなった。
 知らないことを誰かに教えてもらい、変わっていく自分を実感できることのなんと楽しい事か。私のような中年男性が陥りがちな「変わらないことこそが男の美徳」という思考。これこそ一種の心の病かもしれない。

 大丈夫。私たちおっさんはまだまだ変われる。そのために必要なこと、それは他人の意見を尊重することだ。世の中のおっさんたちよ。もっと頷いていこうぜ。人間って生き物は誰かの意見に素直に頷くたびに変わっていける生き物なのだから。あなたのそばにもあなただけの赤ペン先生が必ずいる。その人を大切にしていこう。

 ふと、ステイサムの写真が貼られたページを見てみると、そこに書かれた私の一文が赤文字でこう修正されていた。

「太っちょステイサムに君はなる!」

 ちょっと怖い時もあるけれど、どちらかといえば怖い時の方が多いけれど、たまにこういう可愛いことも言ってくれる彼女を、私だけの赤ペン先生を私は愛しています。

(イラスト/山田参助)
(イラスト/山田参助)

当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は6月25日(日)配信予定です。お楽しみに!

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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