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美容、健康、イイ女……すべてが手に入る祖父の愛した酒

爪切男、四十にして惑う?
ドラマ化もされた『死にたい夜にかぎって』で鮮烈デビュー。『クラスメイトの女子、全員好きでした』をふくむ3か月連続エッセイ刊行など、作家としての夢をかなえた著者が、いま思うのは「いい感じのおじさん」になりたいということ。これまでまったくその分野には興味がなかったのに、ひょんなことから健康と美容に目覚め……。

前回は二か月に一度ぐらいの頻度では通い続けてきた、著者が愛する漢方薬店とそのオヤジさんとのお話でした。
今回はルイボスティーに続く、健康的な新しい飲み物との出会い。それは、父や祖父との思い出が詰まったお酒でもあったのでした。

(イラスト/山田参助)

第9回 書を捨てよ、町へ出よう。そして養命酒を飲もう

「子供の頃、コーンフレークとミロとフルーチェにはなぜか憧れたんやから!」というのは、ミルクボーイの漫才のくだりだが、私にとってのそれは「リポビタンD」と「養命酒」だった。
 仕事前の景気づけにと、親父が毎朝一気飲みしていたリポビタンD。病気がちだった祖父が一日も欠かさず朝、昼、晩と飲んでいた養命酒。
 怪しげな商品名と薬品のような独特の匂いも手伝い、子供の私にとっては、そのどちらとも〝大人だけが口にできる憧れの飲み物〟であった。

  さて、いざ大人になってみると、リポビタンDなど栄養ドリンクの類は手軽に口にするものの、こと養命酒に関しては〝年配者の飲み物〟もしくは〝ちょっと怪しい酒〟というイメージも強く、おいそれと手が出せないままであった。
 だが、ついにその時は来た。漢方に興味を持ち始め、健康のためにルイボスティーを愛飲している今の私ならばイケるはず。今こそ私と養命酒が出会う最高のタイミングに違いない。

 そう確信した私は、近所のドラックストアにて養命酒を一本釣り。真っ赤な色のド派手なパッケージに、少しまがまがしいフォントで刻まれた「養」「命」「酒」の三文字。それを見ているだけで胸がドキドキする。なんだろう。高校生のとき、少し背伸びをして得体の知れない輸入盤のCDを初めて買ったときのような懐かしい高揚感だ。
 真っ赤なスポーツカーなんて買えなくていい。真っ赤な箱に包まれた養命酒を買うだけで人生はちょっとだけ楽しくなる。

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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