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落とせ! 何を? 角質を! かかとガッサガサおじさん、人生初のフットケアに挑戦

 そうやって半年ほど放置していた私の足が、桜の季節の到来とともに崩壊を始めてしまった。足の裏一面をひび割れが覆い尽くし、皮膚の一部がポロポロと垂れ落ちる様はまるで枯れ木のよう。普通に歩くだけで激痛が走り、近所のコンビニに行くのも一苦労。
 顔の肌はツルツルなのに、足の裏はボロボロ。美容も健康も同じ。自然に良くなることなんてめったにない。毎日地道なケアを続けるからこそ結果が出る。当たり前のことである。

 ネットや本で対処法を調べようとも思ったが、本当に困ったときこそ、身近にいる人に素直に助けを求めることが今の私には必要ではないだろうか。

「ごめんよ。忠告を聞かずに放っておいたらこんなことになっちゃった」

 私の足を一瞥する彼女。愛想を尽かされるか、それとも烈火の如く怒られるかと覚悟をしていたら

「お風呂上がりに足の裏に化粧水をつけて、そのあとにこれを塗って、その上から靴下を履いたまま寝てみて」

 そう言って彼女は私にワセリンクリームを手渡す。ワセリンとは石油から作られる保湿剤で、肌の乾燥を防ぐ効果があるらしい。無知な私は、ボクシングで選手が出血した際、その傷口にワセリンを塗りたくって止血をすることぐらいしかワセリンに関する知識がなかった。
 刺激が少なく、副作用の心配もほとんどないワセリンは足の裏だけでなく、髪の毛、唇、赤ちゃんの肌にまで安心して使える万能クリームだという。

「お肌のケアはお風呂上がりの10分間が勝負よ。ほら、最初は私が塗ってあげる」

 そう言って彼女は、風呂上りでポカポカに茹だった私の足にクリームを塗ってくれる。足の指の隙間までしっかり丹念に。

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「ごめんね……」と改めて謝罪する私に「一緒に暮らすってことは、相手が嫌がることも言っていかないといけないの。そうしないと生活って成り立たないの。次からは、私の言うこと半分ぐらいはきいてよね。いや、やっぱり全部きけ」
「はい」
「ワセリン塗るときはケチらずにたっぷり使うこと。あんた、自分が貧乏育ちだったことを理由にして、いろいろケチるからさ。でも身体にいいことだけはケチったらダメよ」

 ぬるぬるしたワセリンと少々口が悪い彼女のあたたかい愛情に包まれて、私の足は徐々に回復の兆しを見せ始める。
 日々のフットケアは以下のような感じだ。
 入浴時には足の裏専用石鹸を使って足の裏を丁寧に洗い上げる。風呂から上がったら化粧水とワセリンを塗り込み、かかとの部分にうるおい成分たっぷりのジェルが付いている保湿ソックスを装着して朝までおやすみなさい。これが一連の流れである。

 また、かかとに溜まった角質対策として、ガラス製のやすりを使い、頑固な角質を直接削り落とす。ちょっと擦っただけで、これがまあ面白いぐらいに取れる取れる。白い粉末状になった角質がドカッと取れる。これをビニール袋に入れたら、アッチ系の白い粉に見えなくもない。
 なんて馬鹿なことを考えながらゴシゴシとかかとを擦る。プラモデルにやすり掛けをしているかのような地味な作業である。

 話が横道に逸れるが、プラモデルとは説明書の通りに組み立てることが大事なわけではない。それもひとつの正解ではあるが、説明書に載っていない自分だけが格好良いと思える色使いや造形を生み出すことがプラモデルを作る上での本当の楽しみ方だと私は思う。
 そういう意味では人の体も同じだ。この世に一つしかない自分というプラモデルをどんな風に組み立てようか。それが今から楽しみで仕方がない。

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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