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人類はこれからも進化し続けるのか? 進化心理学で考える「人類の未来」

未来予測4:機械化による進化

冒頭で紹介したモーガン博士の取り組みは、機械化による進化を目指したものと言えるでしょう。ヒトの究極の進化とは機械との融合であるという考えがあります。生物学における進化の定義は通常「世代を超えて伝わる変化」とされ、世代を超えない変化は進化ではなく発達と呼ぶことが多いです。しかし、身体の機械化について考える場合、不死の可能性も議論の対象となるため、世代を超えるという観点を重視する意味がなくなるという見方もできるでしょう。そのためここでは、機械化により個体に生じる変化もまとめて進化と呼ぶことにします。

今日、ヒトと機械を融合する研究は人間拡張工学と呼ばれます。AIやロボット工学などの技術を用いて、ヒトと機械を一体化させ、人間の認識能力や行動能力を拡張することを目指す分野です。重たいものを簡単に持ち上げることを可能にするパワーアシストスーツのように腕力を拡張する技術は想像しやすいでしょう。こうした技術はすでに実用化され、作業現場で活用されています。医療福祉分野での応用も期待されます。階段でも問題なく利用できる車いすやロボット義足などが実用化されれば、脚の不自由な方々にとって段差は障害ではなくなります。「エレベーターやスロープといった施設の環境を整備するだけではなく、機器で身体を拡張することでも、バリアフリー社会の実現が可能となる」と人間拡張工学の第一人者である東京大学の稲見昌彦教授は述べています(注8)。

さらに、人間拡張工学では腕力や運動能力の拡張に加えて、感覚や認知能力の拡張も盛んに研究されています。例えば、稲見教授の研究室が開発したマグニフィンガーは、物体表面の非常に細かなざらつきを凹凸として触覚で感じることができる技術です。いわば、触覚を拡大する技術であり、視覚における顕微鏡のようなものと言えます。

ヒトと機械を融合する技術のなかでも、脳科学の知見とITを融合したブレインテックには近年特に注目が集まっています。脳活動データを効率的に処理する技術の発達に伴い、ブレインテックの実用化が見えてきたためです。今年6月、アメリカの実業家イーロン・マスク氏が設立したニューラリンクは、超小型デバイスを人の脳に埋め込む臨床試験を年内に開始すると発表しました(注9)。マスク氏は臨床試験の対象として四肢がまひした患者などを想定していると説明しています。しかし、こうした技術はいずれ、失われた能力(障害)を補完するだけではなく、ヒトの能力を拡張することに利用されるようになるだろうと考えるひとは少なくありません。

未来の人類が機械化による進化を遂げるという予測は、SFやアニメの世界で以前から定番のテーマでしたが、今日ではかなりの程度に現実性を帯びてきたと言えそうです。

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新種の人類を生み出す方法

ワシントン大学の古生物学者ウォードは2009年のサイエンティフィックアメリカンの記事のなかで新種の人類を生み出す方法について述べています(注10)。新しい種が形成されるには、小集団が大集団の遺伝子プール(注11)から切り離される(隔離される)ことが必要となります。隔離にもいろいろな種類がありますが、最も一般的なものは地理的隔離です。現在のヒトにおいて地理的隔離は生じにくいと考えられます。しかし、ウォードは可能性はあると述べ、新種誕生への道筋として以下の例を示しました。

・遠く離れた天体に移住する
・地球規模で遺伝子の移動手段を失う
・小惑星が地球に衝突するなどの大災害の後に隔離された集団が生じる
・遺伝子組み換えを実施する

ウォードの見解には異論もあるでしょうが、思考実験として興味深い試みでしょう。

おわりに

これまで紹介したように、ヒトの将来の姿については、自然選択の働きから解放されて、これ以上は変わらないという予測のある一方で、ヒトは遺伝子操作や機械化の技術によって今後自らを大きく変えていくだろうという予測もあります。後者の予測のように、今後ヒトが技術により自らを変えていくならば、当然、安全性の確保が重要な課題となるでしょう。そこには、個人にとってだけではなく集団や社会にとっての安全性という観点も含まれるはずです。

ヒトの心理や行動に関する知見は、そうした将来のヒトにとっての安全な社会を実現するうえで重要になります。これまで本連載コラムで扱ってきたさまざまなテーマはいずれも、そうした知見に進化の観点からアプローチしたものです。進化の観点を含めたヒトの心理や行動についての研究成果が、人類の未来のために有効に活用されることを願いつつ、本連載を終了したいと思います。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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