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薬物に依存してしまうのは進化のミスマッチが原因? 依存症の進化心理学

人間は長い年月をかけて進化してきました。身体だけではなく、私たちの〈心〉も進化の産物です。
ではなぜ人間の心のネガティブな性質は、進化の過程で淘汰されることなく、今現在も私たちを苦しめるのでしょうか?
進化生物学研究者の小松正さんが、進化心理学の観点から〈心〉のダークサイドを考えていきます。

前回は、宗教や信仰心を取り上げました。
今回は「依存症」をテーマに、どうして現代人がこれほど〈依存〉しやすいのか考察していきます。
イラスト/浅川りか
イラスト/浅川りか

どうして依存症の治療は難しいのか

有名人の違法薬物事件のニュースが後を絶ちません。執行猶予中に再犯で逮捕されたというケースも少なくない印象です。薬物依存症になると、セルフコントロールが利かなくなり、やめたくてもやめられずに再犯を繰り返す、と言われています。薬物依存症ほどに深刻ではなくても、たばこやお酒を健康のために止めたいけれども、なかなか止められないという話はよく聞きます。

私も食事が同じようなメニューになりがちで、栄養バランスを考えるとよくないと自覚していますが、ついつい好きなものばかりを選んでしまいます。個人の自由が尊重される現代社会では、特定のものを繰り返し選択し続ける自由もあるため、依存症はだれにとっても身近な問題と言えます。

薬物依存症やその他の依存症において、治療が非常に難しいケースが少なくないことが判明するにつれて、なぜそれほどまでに難しいのかというテーマが注目されるようになりました。近年、そのテーマに進化の観点を導入した研究が盛んになっています。今回は、そうした研究についてご紹介します。

ドーパミンを放出する報酬系

私たちの脳内には報酬系と呼ばれる神経ネットワークがあります。この神経ネットワークは、心地よい刺激を受けると活性化され、快楽物質であるドーパミンを分泌します。私たちが欲求を満たす行動をしたとき、脳内の報酬系がドーパミンを放出することで快楽が生じ、欲求を満たす行動を繰り返すようになるわけです(注1)。

ここでの欲求とは、食欲や性欲の他、ゲームで勝つこと、周囲から評価されること、お酒を飲んでリラックスすること、薬を使って体調がよくなること、などさまざまあります。勉強や仕事で成果をあげることで周囲から評価され、それにより脳内の報酬系が働いて、心地よさを感じ、ますます勉強や仕事の意欲が高まる、という場合もあるでしょう。これは望ましい状況で、報酬系の理想的な活用法と言えそうです。

それとは対照的に、欲求を満たす行動をやめられず、日常生活や健康、仕事などに悪影響が生じているような状況におちいる人達もいて、依存症と見なされます。報酬系が特定の対象(刺激)による影響を強く受け、その対象を欲することをやめられなくなっている状態です(下図)。日本では、約10万人のアルコール依存症、約1万人の薬物依存症、約3,000人のギャンブル等依存症の患者が病院で治療を受けていますが、依存症は本人に自覚がないことが多いため、実際の患者数はこれらの数値よりもかなり多いと考えられます(注2)。

出典:イラストAC
出典:イラストAC

依存症の診断基準としては「精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-5)」や「国際疾病分類(ICD-11)」が有名です。これらの資料のなかで、病的な依存を生じやすいもの(物質)として、アルコール、処方薬、市販薬、ニコチン、カフェインなどが挙げられています。違法薬物ではない処方薬や市販薬でも不適切に使用すると依存症のリスクがあるわけです。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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