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人類はこれからも進化し続けるのか? 進化心理学で考える「人類の未来」

未来予測1:ヒトの進化は終わった。もう変わらない

ロンドン大学のスティーブ・ジョーンズはヒトの進化は基本的には終わったと述べています(注6)。現在の科学技術の恩恵によって、ヒトには自然選択がもはや働かなくなっており、進化に歯止めがかかっているというのがジョーンズの主張です。このような見方をする研究者は少なくないようです。

乳幼児の死亡率が改善し、遺伝子に障害があっても生存可能となり、外敵に襲われることもなくなった現代社会では、ヒトに自然選択は働いていないという見解には一定の説得力があります。その一方で、移動が簡単になり、人種や民族を隔てていた社会的障壁がなくなることで、人類が均質化していくという予測もなされています。こうした予測に基づくと、人種が入り混じっていくことを除けば、未来のヒトは現在のヒトと大きくは変わらないということになります。

未来予測2:逆方向への進化

ヒトの進化は現在も続いているが、その方向が以前とは逆向きになっているという見方があります。低い知能や障害のように、かつては生存や繁殖に不利であったと考えられる性質が、現代社会ではそれほど不利にならず、以前よりも頻度が増えているという可能性が論じられています。

例えば、高学歴者ほど初婚年齢が高いという調査結果に基づいて、知能が高い人は子どもの数が少ない傾向があるとの指摘があります。親の知能が高いと子どもの数が少なくなるのならば、現代社会では知能の高さは繁殖に不利な性質ということになります。このことから、現在のヒトの知能は低下する方向に進化しているのかもしれないという可能性が導かれます。

また、医療福祉の発達により、障害がある人でも子どもをもつ機会が増えているという指摘があります。そうすると、世代を経るにつれて、障害を持つ人の割合が大きくなる可能性が考えられます。行動障害の専門家であるカミングズは1996年の著書のなかで、ADHDなどの行動障害が以前よりも増えているというデータを示したうえで、これらの障害を持つ女性は大学進学率が低く、大学に進学した女性よりも多くの子どもをもつ傾向があるとして、行動障害の増加に自然選択が関係している可能性を論じています(注7)。

未来予測3:遺伝子操作による進化

ヒトは昔からさまざまな動植物に品種改良を実施してきました。かつての育種的方法に加えて、今日では人工的な遺伝子操作(遺伝子組み換え)の技術が実用化されています。この技術を自分たち自身に適用したとしたら、今後のヒトはどうなっていくのでしょう? SFじみた話のようにも思われますが、技術的な準備は整ってきています。

今日ではヒトの性質について、形態や生理的性質だけではなく心理や行動形質に関しても遺伝的要因が関与することが確認されています。疾患や障害だけではなく、気質やさまざまな能力の個人差についても、少なくとも部分的には遺伝子が影響しているということです。将来は遺伝子検査の結果に基づいて予防的治療を行うことが当たり前になるかもしれません。

遺伝子検査により遺伝情報が分かるとなると、遺伝子を都合よく修正しようという発想が生まれます。これには遺伝子治療と生殖系列治療が考えられます。遺伝子治療では特定の臓器(体細胞からなる)の遺伝子を変えるだけですが、生殖系列治療は卵子や精子などの生殖細胞や受精卵の遺伝子を対象とするので、当人だけではなくその子孫もまとめて遺伝子を変えることができます。

遺伝子操作を希望するケースとしては、親が子どもの遺伝子を変えるケースと、自分で自分の遺伝子を変えるケースが考えられます。前者では子の性別・容姿・知能・運動能力・芸術の才能などが対象となりそうです。後者では例えば老化防止が人気となりそうです。

このようにして、ヒトは自分たちの遺伝子を自由に組み換えて、将来的には新しい人類を作り出すかもしれません。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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