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動物の世界にも「児童虐待」が存在する?! 子殺しの進化心理学

人間は長い年月をかけて進化してきました。身体だけではなく、私たちの〈心〉も進化の産物です。
ではなぜ人間の心のネガティブな性質は、進化の過程で淘汰されることなく、今現在も私たちを苦しめるのでしょうか?
進化生物学研究者の小松正さんが、進化心理学の観点から〈心〉のダークサイドを考えていきます。

前回は、「自殺」について進化心理学的に考えました。
今回のテーマは「児童虐待」。動物の事例から考察していきます。
イラスト/浅川りか
イラスト/浅川りか

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なくならない子どもの虐待死

児童虐待が深刻な社会問題となって久しいです。児童虐待の最悪の例は虐待死でしょう。昨年9月に厚生労働省は、2020年度に親などから虐待を受けて死亡した子どもについての検証結果を公表しました(注1)。それによると、2020年度に親などから虐待を受けて死亡した子どもは、心中を除くと全国で49人です。1週間に1人の子どもが命を落としている計算になります。こうした児童虐待による死亡事例数は2007年から2020年までの間に約半数に減ってはいます(注2)。しかし、近年の死亡事例数は横ばい状態で、死亡事例数をさらに減らすための対策が必要とされています。

動物の世界にも虐待死はあるのでしょうか? 生物学では、親などにより子どもが殺されることを「子殺し」と表現するのが一般的です。子殺しは1960年代以降の動物行動研究において重要なテーマとして注目を集めてきました。

かつて動物学者の多くは、動物は子殺しを含めて、同種同士での殺し合いは行わないと考えていました。刷り込み研究によりノーベル医学生理学賞を受賞した動物行動学者のコンラート・ローレンツは1961年に英訳版が出版された自著の中で、同種で殺し合いをする動物はヒトだけであると述べています(注3)。

例えば、オオカミの闘争では、劣位個体は優位個体に対して、首や腹など身体の弱い部分をあえてさらけ出すような行動を示し、それにより優位個体は攻撃を止めます。こうした事実から、動物は同種同士の殺し合いはせず、それにより種の保存がなされているという考え方が優勢でした。しかし、1960年代になり、こうした常識を覆す事実として、動物界での子殺しが発見されます。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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