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人類はこれからも進化し続けるのか? 進化心理学で考える「人類の未来」

人間は長い年月をかけて進化してきました。身体だけではなく、私たちの〈心〉も進化の産物です。
ではなぜ人間の心のネガティブな性質は、進化の過程で淘汰されることなく、今現在も私たちを苦しめるのでしょうか?
進化生物学研究者の小松正さんが、進化心理学の観点から〈心〉のダークサイドを考えていきます。

前回は、「戦争」がテーマでした。
今回でいよいよ最終回。最後に、人類の未来について考えます。
イラスト/浅川りか
イラスト/浅川りか

未来の人類

「私は死ぬのではない。変容するのだ」

これは筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患う英国のロボット工学者、ピーター・スコット・モーガン博士が自身の声を合成音声に切り替えるための手術の前日(2019年10月)に語ったことばです(注1)。モーガン博士は2017年にALSと診断され、余命宣告を受けました。ALSは筋肉が徐々に動かせなくなり死に至る難病で、理論物理学者のスティーブン・ホーキング博士が患っていたことでも有名です。

モーガン博士は最新技術を用いて自身の身体を機械化することを選択します。「AIと融合」することより人類初のフルサイボーグとなる道を選んだのです。AIと人類の関係を問い直す彼の選択は注目を集め、著書Peter 2.0: The Human Cyborg(邦題:NEO HUMAN ネオ・ヒューマン: 究極の自由を得る未来)(注2)は世界中でベストセラーとなりました。モーガン博士は2022年6月に64歳で逝去しましたが、運命に立ち向かった彼の生き方に共感する人は多いです(注3)

モーガン博士の選択は、未来の人類は機械化による進化を遂げるのではないかという考えに現実性を与えました。こうした、機械化による進化を含めて、科学者は私たちの未来の姿についてさまざまな予測を試みてきました。未来の人類はどのような姿になっているのか? 本連載コラムの最終回として、今回はこの問いについて考えていきます。

ヒトはこの数万年ほとんど進化していないという考えが一般的だった時代がありました。しかし、遺伝子研究の発展により、この考えは今日否定されています。ヒトの進化は最近になってむしろ加速してきたことが判明したのです。

ウィスコンシン大学のホークスらが2007年に発表した論文により、ヒトが最近まで進化していたことが遺伝子データに基づいて確認されました(注4)。彼らの研究チームは、漢民族、日本人、ヨルバ人(西アフリカの民族)、北欧人の4集団の遺伝子を調べ、少なくない遺伝子が5000年前に進化したことを明らかにしました。変化した遺伝子の多くは環境への適応に関係していました。例えば、北欧人は他の地域のヒトよりも生乳を消化できるひとの割合が高いですが、これは酪農に適応した結果と考えられます。また、別の研究チームによる、風土病に対する耐性、皮膚や目の色などの身体的特徴についての集団間の遺伝的変異の研究からも同様の結果が得られました(注5)。

注目すべきは、ヒトの最近の進化速度です。ホークスらの研究によると、ヒトが過去1万年の間に示した進化のスピードは、人類の祖先がチンパンジーとの共通祖先と分岐した後のどの時期よりも100倍速かったと推定されます。ヒトが農業を開始したことに伴って、不衛生な状況、新しい食物、新しい病気(他の人や家畜から感染)など、ヒトを取り巻く環境に大きな変化が生じ、それにより強い自然選択が働いたことで進化のスピードが速くなったと考えられます。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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