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原理主義と快楽主義の狭間でカレーを考える【稲田俊輔×清水侑季 カレー対談】

カレーに明確な定義はあるのか、2500年前にブッダはどんなカレーを食べたか、カレーをスパイスから作る男性はなぜ面倒だと思われるのか──。

カレーに関する素朴な疑問から、食文化にまつわる歴史や洞察まで、縦横無尽に論じた話題作が、6月5日に発売した『教養としてのカレー』だ。

刊行を記念して、著者であるインド料理研究者の清水侑季さんと、南インド料理店『エリックサウス』総料理長であり文筆家の稲田俊輔さんの対談が実現! カレーに取り憑かれた両者が、その魅力と奥深さを存分に語り合った。

(構成=佐藤隼秀、写真=長谷川健太郎)

「10冊ほどのボリュームになってもおかしくない」

稲田 このたびは刊行おめでとうございます! 清水さんとお会いするのは数年ぶりでしょうか。

清水 ありがとうございます! たしか最初に稲田さんとお会いしたのはコロナ以前、僕がソニーで働いていた時期だったと記憶しております。当時、ソニーで『食の記録再現プロジェクト』(録食)というサービスの立ち上げに関わっていたんです。これはシェフの調理工程をカメラやセンサーなどで記録して、レシピを完全再現して商品化していこうとするビジネスなのですが、そこで稲田さんにカレー専門家として参画いただいたんですよね。

稲田 その後、清水さんが発行されている『カレーZINE』に寄稿の依頼をいただきまして。たしか2021年ぐらいだったかなと。

清水 そうですね。ちょうどコロナ禍でインドに行けなくなったこともあり、友人と共にカレーやインド料理を作るカレーシェアハウス『東京マサラ部室』を立ち上げた時期だったんです。その活動の一環として、カレーを題材にしたZINEを定期的に発行しておりまして。その節はありがとうございました。

稲田 懐かしいですね。僕も清水さんのカレーシェアハウスにお邪魔したことがあります。出入りされている方に自分の知人や親交ある方がめちゃくちゃ多いんです。

清水 それこそ昨年、これまでの活動を発展させる形で合同会社を設立したのですが、共同出資者は稲田さんが総料理長を務める『エリックサウス』で働かれていた時期があるんですよね。よく稲田さんの話も聞いております。

稲田 『教養としてのカレー』にも、その共同出資者の方が登場していますよね。そういう意味でも距離が近い一作というか、興味深く拝読させていただきました。

清水 本書を書くうえで、稲田さんにどう面白く読んでもらえるかは、かなり意識していたんです。稲田さんからは多大な影響を受けてきたなか、そこからどう自分なりの視点を確立していくかが難題でして。

稲田 そう言われると大変恐縮ですが、本作を読んだときに思ったのは、何を書くかより、「何を書かないかの取捨が大変だったのでは」ということでした。清水さんが持つ非常に系統立った知識や、モダンインディアンの現場で働かれてきたフィールドワークなどを好き放題に詰め込んだら、10冊ぐらいのボリュームになりそうだなと。
一方で、カレーマニアからしたら、いまさら書かなくて良いだろうという常識も、一般読者に向けて解説されていてバランスが取れていました。日本のカレーがインドからイギリスを経由して入ってきた話は、愛好家からしたら当然だろうと思いつつ、ここまで俯瞰的にカレーの体系や全体像を網羅している本はこれまでになかったのではないでしょうか。

清水侑季さん
清水侑季さん

スパイスからカレーを作る男性が、めんどうくさいと思われる理由

清水 タイトルに「教養としての~」と付いている本はたくさんあるのですが、なぜかカレーはなかったんです。
ただ執筆段階では、タイトルに引っ張られてしまい、かなり網羅的に書かないといけないと思い込んでいたんです。ちょうど並行して修士論文にも取り掛かっていたので、それに釣られて本作も文献ベースで書き進めており、理屈っぽいというか、オリジナリティが埋もれがちだったんです。
そこで大いに参考にさせていただいたのが、稲田さんの『異国の味』や『東西の味』でした。例えば1990年前後のエスニックブームに言及している章では、当時大学生だった稲田さんの思い出が綴られていて。こんなに個人的な経験を混ぜながら、自由に書いていいんだと視界が開けたんです。

稲田 それでいうと『教養としてのカレー』は、序盤で論文らしく史実を積み上げつつも、後半から狂気が滲み出ていくコントラストが気持ちよかったです(笑)
清水さん自身が、ヴィパッサナー瞑想(会話やスマホなどを禁止して10日間ひたすら沈黙して瞑想する修行)に参加したり、鹿の解体をしたり、ミールス(南インドの定食で、インディカ米に豆や野菜などの副菜、汁物や漬物などを盛り込んだもの)を目隠しして食べたり。終盤になるにつれ、理性の裏にある狂気がダダ漏れになっていて、引き込まれながらページを捲っていました(笑)

清水 著書内で触れている「カレーをスパイスから作る男性はめんどくさい」という説は、稲田さんから引用させていただいた箇所でした。
よく彼氏にしてはいけない男性の職業を、「3B(バーテンダー・美容師・バンドマン)」と呼ぶ俗語がありますが、派生して「3C(カメラマン・クリエイター・カレーをスパイスから作る人)」とも言われている。あくまでも洒落ですが、それだけスパイスカレーを作る男性は、こだわりが強いと認識されているのは自虐的なユーモアだなと。

稲田 特にインド料理に関しては、我々のようなマニア層と、一般層のギャップが大きいんですよ。極端な表現をすると、マニアは「原理主義者」に近いと言いますか。美味しいか不味いかというよりも、外国の料理をそのまま再現したいという思想やこだわりを強く感じます。

清水 そうなると僕は、かなり「原理主義」に近い立場ですね。
少し個人的なことを話すと、いまは京都大学大学院の博士課程で、フードスタディーズの観点から、インドの食文化や現代インド料理を研究しています。いわば文化人類学や社会学にまたがる領域で、フィールドワークを重ねつつ、異文化を読み解いているんですね。周りの学生もインド料理は全然知らない一方で、宗教的な規範や歴史観にはかなり詳しくて、レヴィ=ストロースはみんな通っているみたいな。そうした文化人類学の文脈で論じているので、自然と原理主義寄りになったのだと思います。
むしろ直感的に美味しいものを美味しいと言えるようになったのはここ数年なんです。稲田さんの著作を読むと、いかに僕が概念的なものに縛られていたのかと気づかされます(笑)

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清水侑季(カレー哲学)

Shimizu Yuki
インド料理研究者/合同会社東京マサラ研究所代表
1991年、長野県生まれ。東北大学文学部卒業後、ソニー株式会社に入社し、食に関わる新規事業に携わる。退社後、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科に進学し、現在は博士課程に在籍。南アジアの食文化と現代インド料理を研究するかたわら、「カレー哲学」名義で執筆・編集・料理活動を行う。

稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人/飲食店プロデュ―サー/「エリックサウス」総料理長。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火付け役となる。
SNSで情報を発信し、レシピ本、エッセイ、小説、新書と多岐にわたる執筆活動で知られる。
レシピ本『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『ミニマル料理』シリーズ、エッセイ『おいしいもので できている』『食いしん坊のお悩み相談』『異国の味』『東西の味』、小説『キッチンが呼んでる!』、新書『お客さん物語』『料理人という仕事』『食の本 ある料理人の読書録』など著書多数。

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