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どのように人間は〈戦争〉をする生き物になったのか──戦争の進化心理学

人間は長い年月をかけて進化してきました。身体だけではなく、私たちの〈心〉も進化の産物です。
ではなぜ人間の心のネガティブな性質は、進化の過程で淘汰されることなく、今現在も私たちを苦しめるのでしょうか?
進化生物学研究者の小松正さんが、進化心理学の観点から〈心〉のダークサイドを考えていきます。

前回は、「進化精神医学」という新たな医学について解説しました。
今回のテーマは「戦争」。人間が戦争をしてしまう心の仕組みを考えます。
イラスト/浅川りか
イラスト/浅川りか

戦争がなくならない

「子どもの犠牲500人」。今年の8月13日に、ウクライナ情勢に関してとりわけ胸が苦しくなるニュースが各メディアで報じられました(注1)。ウクライナ検察当局によると、ロシアによる侵攻で死亡した子どもの数が500人に上ったというのです。砲撃や空爆に巻き込まれて死傷した子どもの数は約1600人、占領地ではロシア側への子供の連れ去りも生じているとのことで、ウクライナの子どもの人権状況の深刻さに「これは本当に21世紀の出来事か」と思わされます。

戦争はしたくない。多くの人々のそうした望みに反して、人類の歴史は戦争の歴史とも言われてきました。ロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにして、改めて戦争回避の難しさに思いを巡らせた方々も少なくないでしょう。人類の英知を集めて世界平和を実現したいという思いから研究に取り組む人たちがいます。戦争について研究する分野としては政治学や歴史学が連想されますが、近年、ヒトを対象とした生物学の分野においても戦争に関する研究が盛んになっています。今回はそうした研究の一端を紹介していきます。

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ヒトに近い系統の動物でしか見られない

動物の世界にも争いはあります。捕食者(食うもの)と被食者(食われるもの)との争いや、配偶者をめぐる同性間での争いなど、さまざまな争いが観察されます。ここでは、集団間での争い、すなわち、「身体的な障害を与える(あるいは与えうる)暴力を介した(特に同種の集団間で)複数の個体を組織して行われる争い」(注2)に注目します。こうした争いの多くは、ヒトやヒトに近い系統の動物でしか見ることができません。ヒトの場合、こうした争いの典型例が「戦争」と呼ばれることになります。

自分の血縁個体を助けるために行動する動物は少なくありません。自然選択の単位を遺伝子とみなすならば、生物の進化においては、個体が自ら残す子どもの数に加えて、遺伝子を共有する血縁者の子どもの数の影響も考慮すべきという見方(血縁選択説:注3)が重要です。血縁個体を助けることでその血縁個体が次世代に遺伝子を残す可能性を高めることは、結局は自分の遺伝子のコピーを次世代に残すことになります。このように考えると、血縁個体を助けるという行動が自然選択の働きによって進化するケースが存在することは不思議ではありません。

家族のために敵と戦うという行動は、うえで述べたような血縁者を助ける行動であると考えると理解しやすいです。しかし、ヒトにおける集団間の争い、民族や国といった集団間での戦争においては、家族(血縁者)の枠を超えて、民族や国家という集団のために戦うという行動が観察されます。こうした行動は、血縁者ではない他者を助けるための行動に見えます。こうした他者を助ける行動(利他行動)に寄与する遺伝子は、たとえ突然変異で生じたとしても、その遺伝子をもつ個体の負担(コスト)が増大することで生存や繁殖において不利となり、いずれは集団中から消失してしまうのではないかという疑問が生じます。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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