2026.6.13
オルフェーヴル三冠達成と愉快な会社同期たちの思い出【人生競馬場 第11回】
前回取り上げたのは、誰もがその力を認める名馬・テイエムオペラオーでした。
今回は、三冠馬・オルフェーヴルと会社員時代の思い出を語っています。

記事が続きます
「三冠目、菊花賞を観に行くしかない!」
オルフェーヴルは、私がはじめて三冠達成の瞬間を肉眼で目撃した馬である。一応もう一度説明しておくと、牡馬クラシック三冠とは皐月賞・東京優駿(日本ダービー)・菊花賞の三レースであり、それぞれ基本的には中山競馬場・東京競馬場・京都競馬場で行われる。したがって、関西にずっと住んでいる私にとって三冠目・菊花賞が行われる京都競馬場に出向くのはさほど難しいことではない。
しかし、私が実際の競馬を観始めたのが1996年、オルフェーヴルが三冠を達成したのは2011年。競馬ファンの方なら「その間、2005年にディープインパクトが三冠獲っとるんやないか?」思われるかもしれないが、なんと、当時まだ逆張り冷笑大学生だった私は「ここでディープからしか競馬を観てないようなニワカどもに混ざって菊花賞に行くのはダサい」などと考えており、すぐ行けるはずの京都競馬場に行かず、その日は本か何かを読んで過ごしレースはテレビで観たのだった(テレビ観戦組の私は、ディープインパクトがあまりにも後方すぎて、一瞬「先頭のアドマイヤジャパンに届かないのでは?」と思ったが、ものすごい末脚で追い込んできてあっという間に二馬身差をつけたので驚愕したのを覚えている)。
少しさかのぼると、私はディープインパクトの皐月賞に関しては、強い馬がいるという噂を聞きつけて一人で──実物が見られるわけではないものの──京都競馬場に向かい、他のレースも買いつつディープインパクトの単勝馬券を2000円分買った。その勝ち方を見て、私は「こいつは三冠を獲るかもな」と感じてはいた。そして2000円分買ってしまった単勝馬券を、記念になるので換金せずに取っておくかどうか迷った。忘れもしないのだが、その時ディープインパクトの単勝倍率は1.3倍。換金すれば2600円になる。今思えば大した額ではないので絶対持ち帰るのだが、当時の私にとってゼロか2600円かという判断は非常に重く、結局は馬券をそのサイズのままコピーしてくれるサービス(今もあるのかは知らない)でコピーを取ってから換金した。その後ディープの単勝などは1.1倍が当たり前の世界に突入していくわけで、皐月賞は「狙い目」だったともいえるわけだが、今の私はやはりあの馬券を換金してしまったことを後悔している。まあ、100%三冠馬になるという保証もなく、これほど日本競馬界を代表する名馬になるとまでは予想できなかったので、仕方ないと言えば仕方ないのだが……
それから実際にディープインパクトは目を疑うような圧勝劇を続け、三冠に王手をかけた状態で、しかも無敗で菊花賞までたどりついた。すでに言ったように関西住みの私が京都競馬場に出かけることは容易であったし、誘えば来てくれる友人もいたのだが、やはりハイセイコー・オグリキャップ、またその当時でいえばコスモバルクといった下剋上系が好きな昭和マインドの抜けきらなかった私は見事にチャンスをスルー、「まあディープと言えども3000メートル(長距離)はどうかな?」とか言っているあいだに、サクッと三冠を達成されてしまったわけである。
三冠を肉眼で見られなかった──これは私にとって後々まで呪いのような後ろ暗さを残すことになる。その時点での歴代三冠馬はセントライト(1941)、シンザン(1964)、ミスターシービー(1983)、シンボリルドルフ(1984)、ナリタブライアン(1994)、そしてディープインパクト(2005)。二年連続で三冠馬が出た特殊な時期はあれど、もう十年単位で三冠馬は出ないだろうと思うと、大学を出てだんだん逆張り冷笑系ではなくなってきた私は、「え……フツーにディープインパクト、見とけばよかった……」と後悔し始めていた(2006年にメイショウサムソンが皐月賞、日本ダービーを勝った時には、まだ私はどぎつめの逆張り冷笑系であった。なお、メイショウサムソンは菊花賞に敗れて惜しくも三冠はならなかった)。
ちなみに容易に想像できると思うが、私は成人式にも出ていないし、入りたての職場で先輩たちが「みんなでお花見に行こうよ!」と声をかけてくれた時も、何の理由もなく断っている。はっきり言って、どうかしていたのである。なお、その後本気で私の全体的な態度に怒ってくれた先輩がおり──怒りつつも、私にお金がないのを見かねて頻繁にご飯をおごってくれたり、仕事でも色々と面倒を見てくださった──、そのおかげで今はぎりぎり人間の形を保てるようになった感じはしている(もちろん本質的に私が成人式行かない系、しょっぱなのお花見断っちゃう系のどうかしている人間であることは変わっていないと思うが、偽りとはいえヤバくなく見える程度の「社会性」を身に付けることはできたのではないかと思っている)。
そんな中、私についにチャンスが訪れる。2011年、オルフェーヴルが三冠レースの皐月賞、日本ダービーを勝ったのである。これは三冠目、菊花賞を観に行くしかない! 当時の職場の同期を誘い、私たちはその歴史的瞬間を目撃しようと京都競馬場に出撃した。みんなで京都競馬場のあちこちで写真を撮ったりしたのだが、そのうちの一人であるNは、私が日本一の奇人育成大学だと考えている立命館大学びわこ草津キャンパスの出身者であり、その日ついてきてくれたのはオルフェーヴルの三冠を見るためではなく「馬券で一発当てて仕事をやめる」ためであった。ちなみに私には『アドルムコ会全史』という分厚い著作があるのだが、その表題作に「野球をやれば200キロ以上の球が投げられ、絵を描けばゴッホ以上の衝撃作を生み出せるので、メジャーのスカウトやフランス美術界の巨匠などが次々に訪ねてくるのに、本人は野球にも絵にも興味がなくひたすら公務員試験の勉強をしている」というキャラクターが出てくるのだが、そのモデルとなっているのがこのNである。
記事が続きます
![[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント](https://yomitai.jp/wp-content/themes/yomitai/common/images/content-social-title.png?v2)
















