2026.6.12
昭和の家庭の夕食に、頻繁に登場していた謎のオムレツを知りませんか?
本当の「おいしさ」はどこにあるのか——?
『異国の味』『東西の味』に続く、稲田俊輔による「味3部作」連載、第3弾!
第3回は、特定の世代の人には「あれか!」とピンとくる、懐かしの家庭料理について。
オムレツ 〜挽き肉入りオムレツは、どこから来てどこに消えていったのか〜
ある日の昼下がり、僕は同年代の(つまり全員おっさんの)仕事仲間たちと酒場で昼酒を飲んでいました。昔ながらの酒場には、洋食系のメニューが妙に充実している店があります。かつては、ハイカラ紳士の社交場、といったビアホール的な趣もあったのでしょうか。そこもまさにそんな店でした。
いかにも洋食的なコロッケを頬張りながら、仲間のひとりがこんなことを言います。
「このコロッケが1個400円というのは世間では高いって思われるかもしれないけど、こんな面倒くさいものを毎日仕込んで売るのは400円でもキツいよねえ」
一見何の変哲もないけど基本に忠実に丁寧に仕込まれたそのコロッケは、まさに絶品としか言いようがありませんでした。こういうものの価値は今の消費者には伝わりづらいよね、なんていういかにも飲食業従事者かつ昭和生まれらしい会話を続けていたら、別のひとりが壁に貼られたお品書きの一角に目を留めました。
「イナダさん、あれ見て。『オムレツ』とだけ書いてありますよ。あれ、もしかしたらアレじゃないかな?」
「アレ」だけで伝わるのも少々気持ち悪い話ですが、同世代である我々は一斉に、彼の言わんとするところを察しました。アレとはすなわち、アレです。挽き肉を炒めたものを巻き込んだオムレツ。
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このタイプのオムレツは、昭和の時代、家庭における定番洋食のひとつでした。それも単にオムレツというカテゴリーにおける一バリエーションというわけではなく、単にオムレツと言えばこの挽き肉入りオムレツのことを指すことがほとんどだったのです。以前SNSでヒアリングしたことがあるのですが、この料理は概ね全国で作られ、具のレシピは細部で家庭ごとの違いもあったようでした。
稲田家におけるそれは、塩味でした。玉ねぎと合い挽き肉をバターで炒め、塩コショウとナツメグで味付けしたものです。言わばコロッケの芋に混ぜる部分と同じとも、あるいはハンバーグの構成要素をバラバラにしたものとも解釈可能です。
もっともそういう純正な洋食味は、どちらかというと少数派のようでした。多数派はどういうものだったかというと、醤油味、ないしはそこに砂糖も加わった「甘じょっぱい」味です。またこのパターンの場合、賽の目に切ったじゃがいもが加わることも多かったようで、そうなるとそれは限りなく肉じゃが的な味とも言えます。

その酒場で壁に貼られた「オムレツ」に目を付けた人物の実家のそれは、醤油味でジャガイモ入りのパターンだったとのことでした。彼は亡くなった御母堂が作ってくれていたオムレツの話をしながら、「ああいうオムレツは最近どこでも見たことがないけど、この店だったら出てくるんじゃないかなあ」と期待に胸を膨らませているようでした。
しかし実は僕は、その願いはおそらく叶わないのではないか、とも思っていました。なぜならば、その店がどうこうという以前に、この挽き肉入りオムレツがお店ではまず出てこない料理であることを知っていたからです。ここで出てくる可能性がゼロとまでは言えないにせよ、可能性としては極めて低いだろうというのが、これまで幾多の老舗洋食店や洋食系酒場を巡ったことのある僕の見立てでした。あにはからんや、しばらくして運ばれてきたオムレツは、残念ながら普通のプレーンオムレツでした。挽き肉オムレツは、外食ではなくあくまで家庭料理として定着し、そして今、静かに消えゆこうとしているのです。
ただし僕は一度だけ、外食で近いものに出会ったことがあります。今はもう無くなってしまった店ですが、元は格式ある西洋料理店であったのであろうその洋食屋さんで出てきたオムレツには、ローストビーフのような牛肉が細かい賽の目状に刻まれたものと玉ねぎとマッシュルームを炒めたものが包み込まれていました。もちろん醤油味ではなく塩コショウとバターの味付けです。メニューには確か「ミートオムレツ」と書かれていました。
実際、明治・大正の西洋料理の本には、この種のオムレツが度々登場します。料理名が「オムレツ・オー・ブフ」などのフランス語表記のものもあるところを見ると、古典的フランス料理と言っていいものなのかもしれません。それがある時――おそらくは戦後のある時期に、挽き肉にアレンジされて家庭料理として広まったということなのでしょうか。稲田家のオムレツは、その中でも比較的フランス料理的な色を濃く残したレシピだったと言えそうです。そしてそれは一部でおそうざい的なあまから醤油味にもアレンジされたことで、ご飯によく合うおかずとして、さらに広まっていったと想像できます。
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