よみタイ

信仰心の強さに影響を与える遺伝子? どうしてヒトは「宗教」を持つように進化したのか

人間は長い年月をかけて進化してきました。身体だけではなく、私たちの〈心〉も進化の産物です。
ではなぜ人間の心のネガティブな性質は、進化の過程で淘汰されることなく、今現在も私たちを苦しめるのでしょうか?
進化生物学研究者の小松正さんが、進化心理学の観点から〈心〉のダークサイドを考えていきます。

前回は、差別心や嫌悪感を取り上げました。
今回のテーマは「宗教」。関連する遺伝子や、宗教の役割に関する仮説を検討していきます。
イラスト/浅川りか
イラスト/浅川りか

「進化論は嘘です」と言われて

「進化論は嘘です。進化論では突然変異で生物が進化すると言っていますが、突然変異はみな有害で、突然変異で生まれた生物は死んでしまいます」。これは、私が大学院生だった頃、私の自宅の玄関先に「神の話を聞いてほしい」と予告なしに子供連れで訪問してきた、ある新興宗教の女性信者が私に言った言葉です。

その新興宗教の団体は当時、「生物は神が創造したものであり、進化は事実ではない」と主張する小冊子や書籍を発行し、一般住宅の郵便受けに配布していました。そのことを知っていた私が、団体名を名乗った女性信者に対して、「確か、生物の進化を否定する本を配っている団体ですよね?」と尋ねたことから、冒頭のように彼女が私に進化論の誤りを説明するという状況になりました。

私のこれまでの人生で「進化論は嘘です」と直接面と向かって言われたことは、後にも先にもそのときだけです。私の口からは思わず反射的に、日頃使い慣れたフレーズが飛び出していました。「一般的には確かに突然変異の多くは有害です。しかし、突然変異のすべてが有害というわけではありません。なかには有益なものもあります。そもそも、ここでいう有害や有益というのは、個体の適応度、すなわち、その突然変異をもつ個体の生存率や繁殖率を、その突然変異を持っていない個体のそれらと比較した場合に……」という具合に、気が付くと、突然変異や自然選択など生物進化の基本的知識について一通り解説していました。

印象深かったのは、そのときの信者のかたの態度です。決して対決姿勢ではなく、非常に真摯な態度で私の話を聞いてくれているように見えました。至って「真面目で善良な人」という印象です。私が紙に図やグラフを描きながら説明をしている間にそれなりの時間が経過したようで、近所を回っていた別の子供連れ信者の方々が、私の自宅玄関先に時間差で到着し、いつしか信者の方々の小集団を前にして私がミニ講義をするという状況になりました。やはり、皆さん一様に真面目で善良な印象を与える方々でした。新興宗教の末端信者には真面目な人が多いという話を聞くことがありますが、そのことを実感した体験でした。

私が対面した信者の方々の真摯な印象とは裏腹に、新興宗教をめぐる深刻なトラブルについて度々報道されています。また、人類の歴史において宗教に関連した戦争や深刻な人権侵害が幾度も生じてきました。異教徒に対する残虐行為が神の名のもとに正当化されていた過去の事例を鑑みると、いっそのこと、宗教や神への信仰などなくしてしまったほうが人々は幸せになる、と考える人もいそうです。しかしながら、近年の宗教に関する研究をサーベイすると、神を信仰することは個人にとっても集団にとっても有益であったという可能性が見えてきます。今回は宗教がもたらす効果について考えてみます。

1 2 3 4

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

関連記事

新刊紹介

小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

週間ランキング 今読まれているホットな記事