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パートナーへの暴力は関係維持行動? 進化心理学で考えるDV

生活史理論に基づく説明

通常の場合、パートナー関係維持行動として選ばれるのは、パートナーへの愛情や信頼を示す行動など、関係満足感を高める方法です。パートナーへの暴力は、パートナーの親族から報復されるなどのリスクがあるため、パートナー関係維持行動としては一般的とは言えません。しかしながら、割合としては小さくても、パートナーへ暴力を行使する人は少なからず存在します。こうした、パートナーへの暴力を行使する・しないという個人差を生み出す要因について、生活史理論の観点からアプローチする研究が行われています。

生活史理論については、前回のコラムで包括的に説明しました(注15)。要点をまとめると、以下のようになります。生活史理論は、生物の生活史が自然選択による適応進化の結果として形成されてきたという前提に基づいて、生物の種間や種内の生活史戦略の多様性について理解するための枠組みです。生活史戦略の代表的な例は「性急な戦略」と「緩慢な戦略」の二つです。性急な戦略の特徴としては早い成長、多産、高い死亡率、短い寿命などが挙げられます。一方、緩慢な戦略の特徴としては親による子の世話のコストが大きい、少子、低い死亡率、長い寿命などが挙げられます。性急な戦略は不安定で過酷な環境におかれた生物に、緩慢な戦略は安定的で安全な環境におかれた生物に適していると考えられます。

今日では、個人がどのくらい緩慢な生活史戦略を採用しているのかを示す指標(尺度)が開発されており、K因子と呼ばれています(注16)。K因子は外向性、誠実性、神経症傾向など個人の性格や行動傾向に基づいて、具体的な数値として算出されます。ある個人についてK因子の値が大きいということは、緩慢な生活史戦略の傾向が強い、言い換えると、性急な生活史戦略の傾向が弱いことを意味します。K因子のような、個人の生活史戦略のあり方を数値化した尺度を用いることにより、さまざまな性質における個人差について生活史戦略との関連を分析することが可能になっています。

大阪経済法科大学の喜入暁准教授は、日本人大学生を対象に、複数の変数(要因)間の関係を分析するのに適した構造方程式モデリングと呼ばれる手法を用いて、K因子はパートナー間暴力に直接的・間接的に負の影響を与えることを示しました(注17)。この結果は、緩慢な生活史戦略はパートナー間暴力を抑制する、言い換えれば、性急な生活史戦略はパートナー間暴力を促進することを意味します。

性急な生活史戦略がパートナー間暴力を促進するということは、以下のように考えると理解しやすいでしょう。性急な生活史戦略を採用する個体は、繁殖のための努力、特に配偶者獲得の努力にエネルギーを費やし、より多くの相手と短期間の性的関係をもつことが知られています。パートナーの片方あるいは両方が、性急な生活史戦略を採用する個体であった場合、不貞を行う可能性が小さくありません。そうしたパートナー間で関係を維持しようとするならば、パートナー関係維持行動のなかの特に強力で支配的な方法、すなわち暴力に頼ることが有効である場面が多くなりそうです。

自然主義の誤謬に注意しながら研究成果を活用

第4回のコラムで差別に関するテーマを扱ったときに自然主義の誤謬について説明しました(注18)。自然主義の誤謬とは、「~である」という説明(事実の記述)から、「~すべきである」という価値観を導き出すという誤りです。例えば、性急な生活史戦略がパートナー間暴力を促進するとしても、その事実をもって、「性急な生活史戦略を採用する人がパートナー間暴力を行使することは自然なことであり、正当である」とは言えません。ヒトの暴力性についてどのような事実が存在しようとも、そこから暴力を肯定する価値観を導くことはできません。差別と並んで、暴力に関する言説については、自然主義の誤謬に陥っている例が少なくない印象があります。今一度、自然主義の誤謬について注意喚起したいと思います。

今回、パートナー間暴力との関連で取り上げた、愛着理論、パートナー関係維持行動、生活史理論のいずれも、進化の観点を踏まえて発達してきた概念です。パートナー間暴力を防ぐための対策を講じるうえで、これらの概念に関する研究の成果が役立つ可能性があります。自然主義の誤謬に注意しながら、こうした知見を有効に活用したいところです。

 連載第8回は6月8日公開予定です。

このコラムの著者である小松さん協力のもと、役者の米澤成美さんが作成したコラボ動画も公開中です!

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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