2026.6.7
夏でも鳥肌が立つ“天然の冷蔵庫”は、中に入るのではなく、上を歩く! 日本一の雪上の道「白馬大雪渓」【山の名&珍プレイス 第7回】
本連載では、アウトドア雑誌や山登りの指南本、TV番組や各種イベント出演でもおなじみの山岳ライター・高橋庄太郎が、豊富な山経験をもとに、自分の足でわざわざ見に行く価値がある、こだわりの山の名スポット・珍スポットを紹介していきます。
湿気が多い海に囲まれた日本は、世界有数の豪雪地帯。とくに日本海側の降雪量はすさまじく、北アルプスのような高山や北海道、東北には真夏でも雪がたっぷりと残っている「雪渓」が生まれます。「雪渓」とは文字通り、雪の渓(谷)。深い谷間が雪で埋まってしまうために凹凸が少ない斜面が山中に現れ、場所によっては登山道としても使われます。“雪の道”だけに、その上はまるで冷蔵庫の中のようで、風が吹けば電気がいらないクーラーに。そんな雪渓で日本最大のものは、北アルプスの山中にあるのです。
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日本でもトップクラスの人気の山、白馬岳への雪の道
その美しい名前と優美な姿のために、いつかは登ってみたいと憧れる人が多い山が、北アルプスの「白馬岳」。山頂へのルートは複数あって難易度はさまざまだが、いちばんの人気は日本最大の雪渓を利用した「白馬大雪渓」ルートだろう。名称通り、夏でも「雪渓」を利用した雪の上を歩けるからだ。

我が国で「日本三大雪渓」といわれているのは、白馬大雪渓、剱沢雪渓、針ノ木雪渓の3カ所。これらはすべて北アルプスにあって、実質的には「北アルプス三大雪渓」ともいえるが、雪渓に「大」が入っているのは白馬大雪渓のみ。こんなことからも白馬大雪渓が別格であることが感じられる。


ちなみに「白馬岳」の読みは「しろうまだけ」。山麓の「白馬村」は「はくばむら」だ。どうしてそうなったのかには諸説がありすぎて、ここでは説明しきれないのだが、いずれにしてもこの山が馬をイメージさせることには間違いがないようだ。麓から見上げると、山全体が白い馬のように見えるからだとも、いわゆる“雪形”として山腹に馬の形が現れるからだともいわれている。

白馬大雪渓へのゲートとなるのは猿倉の登山口。ここからまずは1時間ほど森の中を歩くと、白馬尻と呼ばれる場所に到着する。

「尻」というのは末端のことで、つまりここは白馬大雪渓の末端の近く。ただし、雪渓というものは時期によって長さも幅も大きく変わってくる。真冬であれば全面的に雪で覆われて雪渓どころではなく、夏を過ぎて秋になれば多くの雪が融け切って貧弱な姿になってしまい、いつも同じ大きさではないのだ。とはいえ「尻」というくらいで、ここは地形的に雪渓の末端になりやすい場所ではある。
滑る! まぶしい! だけど技術的には難しくはない
雪解けが進み、雪崩の影響もなくなった春以降の雪渓の上は傾斜があるものの、比較的なだらかだ。一般的な土や岩の登山道よりも大きく足を上げるような動きが少ないので体力的にも楽ができ、意外なほど初心者でも歩きやすい。ただし、一般登山道とは異なる危険性が生じる。詳しくは後述するが、とくに落石には用心したい。

時期にもよるとはいえ、真夏の登山シーズン真っ盛りのタイミングとなると、白馬尻から雪渓末端までの距離はそれなりになる。だから、はじめは一般登山道を進んでいくしかない。

登山道を進んでいくと、いつしかルートは雪の下に消えていってしまう。そこから先はついに雪の上を歩いていくのだ。
しかし、雪の上は非常に滑る。それに対応するために金属製の爪で滑りを抑えるアイゼン(クランポン)をシューズに取り付け、頭部を守るヘルメットをかぶり、雪面からの強烈な反射光による紫外線から目を守るためにサングラスも装着する。体のバランスを取って転倒を防止するためにトレッキングポールもあるといい。だが、雪上なりにルートが整備された後であれば、訓練が必要なほど高度な歩行技術を持っていなくても、多くの人は十分に雪渓の上を歩けるはずだ。


準備ができたら、さあ本格的に白馬大雪渓に足を踏み入れよう!
イメージと異なるのは、夏でも雪渓上の雪はけっして柔らかくはないこと。とくに朝はガチガチに凍っていて、アイゼンの爪が効かないこともあるくらいだ。昼になると表面が融けてビシャビシャになり、夕方が近付くと再凍結してツルツルになっていく。歩くのに程よい硬さになる時間帯は思いのほか少ない。

時期にもよるが、距離にして3.5km。夏でも数時間は雪の上
この日本一の規模を誇る白馬大雪渓だが、実際にどれくらいの長さになるのかは、やはり何とも言えない。晩秋の初雪が降る直前が最短の時期で、いかにも雪渓という姿で最長となるのは春先。そのころはだいたい距離にして約3.5kmで、高低差は約600mだといわれている。順調に進んでも2時間近くは雪の上だ。それだけの時間になれば休憩も雪の上で行ないたくなるが、なかなかそうもいかない。左右を山々に挟まれて周囲よりも低い雪渓の上は、落石が転げ落ちるコースと一致するからだ。


下方に向かってスピードを上げていく落石は、ときに時速100kmを超える。しかも雪の上ではほとんど無音で、たとえ近くを転がっていたとしても、聞こえるのはシュンという風を切る音のみ。だから、たえず顔を上げて周囲を見ながら歩かないと非常に危険だ。

それにしても、雪渓の上は涼しい! 夏に冷蔵庫を開けたときに流れ出る、あの冷気そのままなのである。雪渓といっても登り続けていれば汗をかくが、その汗がすぐに冷やされていって、風が吹けば鳥肌が立って震えてしまう。しかし、その寒いほどの涼しさが真夏の山ではなんとも気持ちいい。
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