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パートナーへの暴力は関係維持行動? 進化心理学で考えるDV

パートナー間暴力の特徴

改めてパートナー間暴力を定義すると、「配偶者や恋人など親密な関係にある、又はあった者から振るわれる暴力」となります。2001年に施行された「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」、いわゆるDV 防止法の第2条において、「配偶者(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む)からの暴力」は「配偶者からの身体に対する暴力、又はこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」とされています。パートナー間暴力の種類として、身体的なもの、精神的なもの、性的なもの、が定義されています(注2)。

2021年に内閣府が全国の20歳以上の男女5,000人を対象に実施した調査では、女性の25.9%、男性の18.4%が配偶者からの暴力の被害経験ありと回答しています(注3)。DV被害者は女性という世間的イメージがありますが、実際には男性の被害者も少なくないようです。

パートナー間暴力の特徴はサイクルがあることです。「爆発期」「開放期(ハネムーン期)」「緊張形成期」からなる循環的なパターンを示します(下図)。被害者は「爆発期」に暴力を受けた後、「開放期」に加害者からやさしくされ、「これからは大丈夫ではないか」との期待を抱いて、加害者との関係を続けてしまいます。しかし、加害者は「緊張形成期」にイライラを蓄積することで、再び「爆発期」になり、暴力を振るいます。こうしたサイクルを繰り返すことにより、被害者は自尊心を失い、加害者との間に支配-被支配の関係が構築されてしまうと考えられます。

DVのサイクル(出典:京都市情報館 デートDV~若年層の恋人同士の間で起こる暴力)
DVのサイクル(出典:京都市情報館 デートDV~若年層の恋人同士の間で起こる暴力)

愛着理論

乳児が特定の人との密接な関係を求める傾向は愛着(Attachment)と呼ばれています。精神科医のジョン・ボウルビィは、1960年代から1980年代にかけて、乳児の愛着行動に注目することにより、愛着理論と呼ばれる理論を定式化しました(注4)。ヒトの乳児は、養育者に対して愛着行動と呼ばれる行動を示します。養育者に対して微笑む、追いかける、抱き着くなどの行動です。こうした行動は、養育者を乳児へと引き寄せ、近づいた状態を維持する効果があります。ボウルビィは、略奪者(攻撃してくる可能性のある他者)が現れるかもしれない危険な状況において愛着行動が強く示されるという事実から、愛着行動は略奪者に対する防御機能として進化したという見解を述べています(注5)。

ボウルビィの愛着理論は、人間同士の親密な関係に関する心理学的、生態学的、進化生物学的な理論です。この理論では、幼児は、社会的・心理学的に正常に発達するために、少なくとも一人の養育者と密接な関係を築く必要があるとされています。愛着理論は、いろいろと修正を施されたうえで、今日一般的に受け入れられ、その概念は子どもの愛着関係を支援するための社会政策の策定などに活用されています。

幼児の頃に何らかの理由で養育者と密接な関係を築くことができなかった人は愛着障害を発症する場合があります。愛着障害の人は情緒や対人関係に問題を抱えます。例えば、相手と適切な距離をとることができず、過度に人を恐れる、逆に、誰に対してもなれなれしい態度を示す、という状態に陥りやすいです。

パートナー間暴力の加害者のなかには、パートナーに対しては暴力的・支配的であるにもかかわらず、第三者に対しては大人しく、礼儀正しいという、極端な内弁慶のようなタイプの人物がいます。近しい人に対してのみ対人関係の問題が顕在化するということから、パートナー間暴力の加害者のなかには、愛着障害の当事者が多く含まれているのではないかという可能性が示唆されます(注6)。実際、ボウルビィを含む多くの研究者がこの可能性を検証し、それが事実であることを報告しています。

ヒトの性質を愛着の観点から分類した愛着スタイルにはいくつかのタイプがあり(注7)、成人愛着面接などの方法で調べることができます。愛着スタイルは安定型と不安定型の大きく2つに分けられます。安定型の愛着スタイルの特徴は、信頼している相手がいて、その相手が自分を裏切らないと信じているということです。不安定型の愛着スタイルは、そうではありません。不安定型は不安型、回避型など、さらにいくつかのタイプに分けられます。不安型の愛着スタイルの特徴は人間関係に関して強い不安を感じる傾向があることで、回避型の愛着スタイルの特徴は相手と親密な関係になることを回避する傾向があることです。

パートナー間暴力の当事者の愛着スタイルのタイプを調査したところ、そこに一定のパターンが存在することが確認されています。例えば、妻に暴力をふるう夫は、そうではない夫よりも、不安定型の愛着スタイルを示す人の割合が高いことが報告されています(注8)。また、デート中の言葉の暴力については男女ともに、回避型の愛着スタイルの傾向のある人は言葉の暴力を発する(加害者となる)頻度の高いことが報告されています(注9)。一方、パートナー間暴力の被害者については、不安型の愛着スタイルの人が多いという報告があります(注10)。また、パートナーの愛着スタイルの組み合わせについて調査したところ、回避型の男性と不安型の女性という組み合わせの場合に、パートナー間暴力が男性加害のケースも女性加害のケースもともに生じやすいことが報告されています(注11)。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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