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パートナーへの暴力は関係維持行動? 進化心理学で考えるDV

パートナーへの暴力は関係維持行動⁉

ヒトの性行動に関する進化心理学研究で有名なテキサス大学教授のデイビッド・バスは、2011年に出版した共著論文の中で、パートナーへの暴力は一種の関係維持行動である可能性を示しました(注12)。以下、その内容を紹介します。

ヒトは、繁殖に関係する資源(交配相手、子育ての労力など)の獲得において、自分が有利となるように他個体に影響を与えるためのさまざまな戦術(tactics)(注13)を持っています。パートナーに対して、金銭的報酬や互恵性(助け合い)などの利益を与える戦術を行使することもあれば、逆に、脅迫や暴力によって相手から資源を引き出すという搾取的な戦術を行使することもあります。

ヒトは、特定の相手と数年から数十年にわたる長期的な性的パートナーシップ関係を結びます。これは、チンパンジーなどの類人猿も含め、他の動物にはほとんど見られない、ヒトのユニークな性質です。この長期的な性的パートナーシップ関係は、男性にも女性にも大きな利益をもたらすと考えられます。女性にとっての利点は、攻撃的な男性から自分の身を守ることができる、子どもたちの身体的保護ができる、などです。男性にとっての利点は、父性の確実性(注14)を高めることができる、子どもの生存率を高めることができる、などです。

長期的パートナーシップという関係を維持する手段としては、例えば、夫が妻に継続的に資源を提供することで、妻が性的に誠実であり続ける可能性を高めるという研究報告があります。このように非暴力的手段によって関係維持を図ることは可能です。しかし、実際には、パートナー間暴力の発生は少なくありません。このことは、ヒトの男女間には交配や繁殖に関連した性的葛藤(進化的利害の対立)が存在していて、最適な状態が男女間で異なっている問題が多くあることと関係しています。厳格な一夫一婦制が守られ、不貞や離縁の可能性がなく、過去の交配相手との間に子どもはいない、という状況であれば、男女間に利害の対立はほとんどなく、互いに協力的となるでしょう。しかし、現実にはそうではない場合が多くあります。一夫一婦制から逸脱し、不貞や関係解消の可能性があり、過去の交配相手との間に子どもがおり、という状況では、利害が対立する可能性は高いものとなります。

男女間の利害対立が大きい場合、パートナーへの暴力は関係維持行動として有効である可能性があります。パートナーにコストを負わせる(要求通りにしなければ苦痛を与える)ことによって、パートナー関係が解消される可能性を低めるという戦術です。例えば、夫が妻に暴力を行使することで、妻の自由を制限することは、妻が他の男性と性的接触を持つ可能性を低下させ、パートナー関係を維持することに寄与するでしょう。これにより、夫は自分の繁殖成功の機会を高めることになります。女性の不貞は男性の父性の確実性を危うくし、男性にとって他人の子へ資源配分してしまうリスクを高めるものです。

これらのことから、パートナーへの暴力は、自由にさせると不貞を行うことが懸念される妻に対して、それを未然に防ぐために進化した適応的性質であるという可能性が導かれます。暴力により妻の不貞を防ぐことで、パートナー関係が維持でき、結果として繫殖成功に繋がるというわけです。実際、夫から暴力を受けた経験のある女性の集団は、そうではない女性の集団と比較して、不貞を行った経験者の割合が高いという研究報告があります。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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