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何か文句があるんですか! 私の酒が飲めないっていうんですか! 第7回 働き続ける正月からの解放

実母が作った大量のおせち料理が並ぶ元旦の食卓

 私が子どもの頃、正月はこのうえなく特別な、家族で過ごす大切な時間だった。このときだけは、家を空けがちだった父も家にいたし、いつもは鉄砲玉のようにどこに行くかわからない兄もちゃんと家にいた。母は年末近くになると漁港の物品販売所やスーパーに行って、大量の食材を買い求めた。港町には、安くて美味しい魚介類は豊富にあった。母はそんな食材を大胆に使って、大晦日の朝から様々な料理を大量に作っていた。母は料理がとても得意だったし、私も兄も父も、彼女の作るメニューが大好きだった。母は自分の料理で家族をつなぎ止めようとするかのように、正月を迎える私たちのために、手料理を次々と作っていった。何種類も、大量に。
 昼過ぎになると、空の重箱を持った知人や親戚が何人も家にやってきた。母の作った大量のおせち料理はダイニングテーブルにところ狭しと並べられていた。重箱片手に家にやってきた人たちは、挨拶もそこそこに、思い思いに母の手作りのおせち料理を菜箸を使って重箱に詰め、母にお礼のお菓子を手渡したり、酒瓶を置いて帰ったりした。料理を喜んでもらえることに、母はやりがいを感じていたと思う。これが友人知人に対する、一年の恩返しだとも言っていた。母が働き続けるキッチンで、祖母は朝から寿司を握っていた。魚介類が豊富にある土地だからこそ、各家庭にオリジナルの握り寿司や巻き寿司があり、それを作るのは年寄りの役目だった。母も祖母もこの大晦日の行事が好きだったと思う。私も家族で過ごす大晦日と正月が、どんな行事よりも楽しみだった。
 こたつを置いた居間に一人、また一人と親戚や知人が集まってくる。母の料理がようやく終わる頃には、紅白歌合戦が始まっていた。父も兄も母も祖母も、大晦日は誰もが上機嫌で、家のなかが幸せな雰囲気に包まれていた。私も、朝から浮き立って、キッチンに立つ母にまとわりついては叱られていた。人が集まってくる年末が、誰もが幸せそうな正月が、私は大好きだった。誰もが笑顔だった。
 元旦、目を覚ますと枕元には必ず新しい衣類と下着が一式揃えられていた。兄と私は大喜びで着替えて、そして居間へと急いだ。父と母がお年玉を用意してくれているからだった。兄と一緒に並んで座り、両親と祖母に元旦の挨拶をして、お年玉をもらった。兄は一年で一番好きなのはお年玉をもらえるお正月だよといつも言っていた。元旦は大きな寸胴鍋一杯に母が作ったお雑煮を食べた。お雑煮やおせち料理のほかにも、お菓子は豊富に用意されていたし、ジュース、ビール、日本酒、ワインなど、ありとあらゆる飲み物が冷蔵庫に詰め込まれていた。一年で一番楽しくて、贅沢をする日。それがわが家のお正月だった。
 昼前になると、両親の店で働く従業員の人たちが年始の挨拶にやってきて、一人、また一人と居間に上がり込んでは母の作った料理を食べながら、ビールを飲んで、昼間からへべれけに酔っていた。私と兄はそんな酔っ払いの人たちからいくつもお年玉をもらい、その都度兄の部屋に行き、二人でいそいそと中身を数えた。午後、大人たちが酔っ払って寝てしまうと、もらったばかりのお年玉を握りしめて駅前のおもちゃ屋に行く。兄はプラモデルと塗料をたくさん買い、私は大好きなキャラクターグッズをいくつも買った。元日の町はとても静かで、車は一台も走っておらず、いつもと同じ駅前通りのはずなのに、まるで異国の地に来たような気持ちがしたものだった。
 

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新刊紹介

村井理子

1970年、静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』『ハリー、大きな幸せ』『家族』『はやく一人になりたい!』『村井さんちの生活』 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』『ブッシュ妄言録』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『ふたご母戦記』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』『義父母の介護』『エヴリシング・ワークス・アウト 訳して、書いて、楽しんで』など。主な訳書に『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『エデュケーション』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』『消えた冒険家』『射精責任』『PARIS The Memoir』『ハリウッドのプロデューサー、英国の城をセルフリノベする』など。

무라이 리코
1970년, 시즈오카현 출생. 번역가, 에세이스트. 주요 저서로 『오빠가 죽었다』 『낯선 여자가 매일 집에 온다』 『필요 없지만 고마워: 항상 무언가에 쫓기고, 누군가를 위해 지쳐있는 우리를 구원하는 기술』 『하리, 커다란 행복』 『가족』 『빨리 혼자가 되고 싶어!』 『무라이 씨 집의 생활』 『무라이 씨 집의 꽉꽉 채운 오븐구이』 『부시 망언록』 『갱년기 장애인 줄 알았는데 중병이었던 이야기』 『책 읽고 나서 산책 가자』 『쌍둥이 엄마 분투기』 『어느 번역가의 홀린 듯한 일상』 『시부모 간병』 등이 있다. 주요 번역서로 『요리가 자연스러워지는 쿠킹 클래스』, 『에듀케이션』, 『포식자 : 미국 전역을 충격에 빠뜨린 매복형 연쇄 살인마』,『사라진 모험가』, 『책임감 있게 사정하라』, 『PARIS The Memoir』, 『헐리웃 프로듀서, 영국의 성을 셀프 리노베이션하다』등.


X:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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