よみタイ

何か文句があるんですか! 私の酒が飲めないっていうんですか! 第7回 働き続ける正月からの解放

今は亡き実家の母、認知症が進行し要介護となった姑。
母親であること、妻であること、そして女性として生きていくということ。
『兄の終い』『全員悪人』『家族』がロングセラー、最新刊『本を読んだら散歩に行こう』も好評の村井理子さんが、実母と義母、ふたりの女性の人生を綴ります。

 今年の正月は昨年に引き続き、大変穏やかに過ごすことができた。最高に楽しくて、自由で、リラックスした正月だった。年末にせっせと注文しておいたカニやピザでわが家の冷凍庫は満タン状態。冷蔵庫には息子たち用の炭酸飲料がずらりと並んでいたし、キッチンにはカップ麺やお菓子が何種類も揃えられていた。まさに無敵だ。ここ数年、わが家の正月はこれ以上ないほど簡素化され、おせち料理は取り寄せのものとなり、私が作るのはお雑煮だけになった。本当に気が楽になった。それもこれも、ほんの数年前まで毎年悩まされた、真冬の滝行と同レベルで厳しい修行のような正月を十年以上も過ごした反動である。
 わが家で当然のように継続されていた「大晦日おおみそかから正月三が日にかけて義理の両親が宿泊しにやってくる」という謎の限界突破イベントは、四年前の事件を境に途絶えた。なぜ私の正月が長年にわたって我慢を強いられる地獄イベントになっていたのかは、今となってははっきりした理由がわからない。義理の両親は、当然のように毎年宿泊しにやってきたし、夫も拒絶しなかったし、私も断ることができなかった。そして、二人がそうすると言って聞かなかった。特に、義母は毎年、わが家に宿泊することをなによりも楽しみにしていた。毎年夏頃から正月の話をしはじめる義父と一緒に、楽しみだわと何度も繰り返すという、じわじわとした圧力は、年末に近づくほど強くなった。残念ながら私に正月休みなんてものは存在しなくなり、その期間は十年をゆうに超えた。
 正月が耐えがたい行事となってしまった反動で、年末年始の仕事はこの上なくはかどるようになった。義理の両親が滞在する正月に、私はせっせと原稿を書くようになったのだ。心のなかに沸き上がるマグマのような感情を、原稿にぶつけて鎮火することが、いわゆるウィンウィンの関係なのではと無理矢理考えた。そして、正月に一冊書き上げてしまう勢いで働くようになった。パソコンのモニタに向かって一心不乱にキーボードを叩き続けていれば、誰も話しかけてこなかった。だから、書いて書いて、書きまくった。そのおかげで出版にこぎつけることができた本もあり(そのうえ私史上まれにみるヒットになったので)、災い転じて福となすということでよかったのだが、本当にそれでよかったかどうかは微妙である。今にして思えば、他にやり方があったのかもしれない。話し合いをすればよかったのかもしれない。正月ぐらい、お互い自由にやりましょうやと腹を割ればよかったのかもしれない。しかし、義理の両親の強すぎる正月への思いを断ち切るだけのパワーが私にはなかった。それではなぜ、四年前を最後に義理の両親がわが家に宿泊することがなくなったのか。きっかけは、義母の認知症発症と、その初期における激しい怒りの発作にあった。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)、『本を読んだら散歩に行こう』(集英社)、『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』(CCCメディアハウス)、『はやく一人になりたい!』(亜紀書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。



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