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ハーバードのことは考えずに、東大だけを見て「すごい」と思い込むことの幸せ感 第6回 東大信奉と低学歴信仰

あってはいけない差別、使ってはいけない言葉。 昨今の「反・上下差」の動きは、2015年に国連加盟国で採択されたSDGsの広まりにより急速化した。 差別や格差を無くし、個々の多様性を認め横並びで生きていきましょう、という世の中になったかに見えるものの……。 貧困差別、ジェンダー差別、容貌差別等々、頻繁に勃発する炎上発言に象徴されるように、水面下に潜った上下差への希求は、根深く残っているのではないでしょうか。 名著『下に見る人』の書き手、酒井順子さんが、生活のあちこちに潜む階級を掘り起こしていく連載です。
イラストレーション:石野点子
イラストレーション:石野点子

第6回 東大信奉と低学歴信仰

 昨今、日本人の東大に対する信奉というか憧憬の具合が、上昇を続けている気がしてなりません。自身の子供を東大に何人も合格させたという女性は、カリスマお母さんのような存在になっていますし、クイズの世界では、東大系の人材が重用され、東大の名がついたクイズ番組まである。「東大生が書いた」だの「東大生が考えた」だの「東大生が選んだ」だのと冠された、頭が良くなる系の書籍も無数にあって、
「そんなに東大生のことをたやすく信じて大丈夫なのか?」
 という不安が湧いてくるほど。
 そんな様子を見ると、日本という国はどんどん閉じてきているように思うのです。最新の世界大学ランキングを見ると、東大は三十九位。世界トップクラスの大学というわけではありません。が、日本において東大は、昔も今も頂点に輝く大学なのであり、「日本だけ見ていればいいではないか」という感覚が、東大信仰からは滲み出るのです。
 私のような者は誰かが東大出身だと聞くとつい、
「すごいですね」
 と、自動的に返答してしまいます。我々庶民はおそらく、東大が「すごい」と信じたいのです。東大生がクイズ番組で難問に答えるのを見て、
「日本は斜陽の国だというけれど、そんなことはない。だってこの東大生は、『齷齪』を『あくせく』って読めるんだもの!」
 と、安堵しようとしている。
 国際化の重要性は盛んに叫ばれつつも、新型コロナのパンデミックもあって、日本の国際化の進捗は、滞り気味です。若者達の外国語能力が飛躍的に伸びたという様子も、見ることはできない。
 国力もまた、伸びません。東京で行ったオリンピックは、運動会としての役割は果たしたものの、日本という国の光を海外にアピールすることはできませんでした。子供も人口も増える気配はなく、国力はジリ貧。……となった時に日本人は、「他人と自分を比べないようにしましょう」と、女性誌が放つメッセージのようなことを自分に言い聞かせるようになったのではないか。
 すなわち、他の国と自分の国を比べてしまうと、日本のダメさ加減が際立って、辛い。オックスフォードとかハーバードのことは考えずに、東大だけを見て「すごい」と言っていた方が我々は幸せになれるのだ! ……ということで、東大に対する賛美の声は、高まり続けているように思います。
 東大に入るような人々は、親もまた高学歴で、お金持ち。教育格差の固定化が進んでいるのだ、ということが問題になっています。
 東大に入るためには、東大に合格者を多数送り込んでいるような高校に入ることが近道です。その手の学校の多くは私立の中高一貫校であり、東大に入るには、まずは中学受験をする必要がある模様。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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