よみタイ

何か文句があるんですか! 私の酒が飲めないっていうんですか! 第7回 働き続ける正月からの解放

激怒した翌朝、義母が放った衝撃の言葉

 そして翌朝になって元日の早朝、晴れやかな笑顔でリビングにやってきた義母は、私に明るい声で「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね。ゆうべは美味しいごちそうをたくさんありがとうございました。とても楽しかったわ」と言った。……やはり忘れている。ゆうべのあの大騒動を、義母は忘れている! 義父は不安そうな表情で、義母の横に立ってもじもじとしていた。私はすっかり観察モードのスイッチが入り、なにごともなかったかのように和やかに挨拶しつつも、横目で義母の一挙手一投足を監視した。夫と私は首をひねり続けた。彼女にとって年末と正月はとても大切な時期だ。だって、彼女が大好きな孫と長い時間一緒に過ごすことができ、わが家に宿泊だってできる。それなのに、あの怒りっぷりは一体何なのだろう。もしかして、本当に義母は認知症になってしまったのではないか。このところ、突然私に電話をしてきては、よくわからないことを言い、声を荒らげて叱責したことが何度かあった。その都度、「?」という気持ちだった。よくよく考えてみれば、おかしなことはたくさんある。私が手術したことを忘れるなんて、おかしいのではないだろうか。だって、私が不在の間、この家に何度も通って、夕食を作ったり、学校から戻る双子を迎えたりしてくれたのは、義母本人ではないか……いや待てよ、確かに義母はいろいろとやってくれてはいたが、ペットのハリーを逃がしてしまったり、突然前触れもなくわが家の鍵を開けたまま実家に戻ってしまったり、おかしな様子は多々あった。この年の正月、前の晩の大波乱をすっかり忘れてご機嫌に過ごす義母を見て、私と夫はようやく理解した。彼女に大きな変化が起きていることを。
 結局、四年前の大晦日を境に、わが家のお正月事情は大きく変わった。次の年の夏頃に義父は脳梗塞で倒れて入院し、突然のことにショックを受けた義母はますますもの忘れが酷くなった。場所が変わると混乱するようになった義母は、わが家に宿泊することが出来なくなったし、短時間であっても滞在することができなくなった。今となっては、わが家の場所も、どんな家だったのかも忘れてしまったと思う。
 あれだけ楽しみにしていたわが家で過ごす正月がなくなってから四年が経過し、義母は今年の正月を実家で義父とともに過ごした。義父が半年ほど前から焦って用意したおせち料理を食べながら、穏やかに、和やかに、笑顔で孫と話をする義母を見ながら、家族の行事もこうやって変わっていくのだろうと考えたが、義母は果たして、どのように感じているのだろう。昔の正月のことを懐かしく思い出したりするのだろうか。料理が得意な人だったが、夫が子どもの頃は、おせち料理やお雑煮を作って、正月だというのに忙しく働いていたのだろうか。

イラストレーション:樋口たつ乃
イラストレーション:樋口たつ乃
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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)、『本を読んだら散歩に行こう』(集英社)、『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』(CCCメディアハウス)、『はやく一人になりたい!』(亜紀書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。



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