よみタイ

何か文句があるんですか! 私の酒が飲めないっていうんですか! 第7回 働き続ける正月からの解放

布団持参でわが家に現れた義理の両親

 四年前の大晦日、朝九時からわが家の電話は鳴り続けていた。一刻でも早くわが家にやってきたくてたまらない義父からの電話だった。私に冷たくあしらわれた義父は、業を煮やし、今度は義母に電話をさせてきた。義父に何度も催促される義母はストレスを感じていたようで、その日数回目の電話で、もう行ってもいいかと夫に聞いていた。夫は「夜にしてくれ」と言っていたが、毎年、義理の両親は昼過ぎには布団を持参してわが家に現れ、もちろんこの年も昼過ぎにはわが家にやって来た。そして私は、何かに取りかれたように原稿を書いていた。おかげさまで、急ぎの仕事はいくらでもあった。この年も、納めることができなかった仕事はいくつもあったのだ。完全な現実逃避だとはいえ、私はとにかく自分以外の世界からの音をシャットアウトしたくて躍起になっていた。なにせ、朝から気分が優れなかった。実はこの年の三月に私は生涯二度目の心臓手術を終えたばかりで(私は先天性の心疾患を持って生まれてきて、七歳で一度目の手術を経験している)、体調も本調子とはとても言えなかったのだ。特に悩まされていたのは、漠然とした不安感だった。突然命を脅かすような深刻な病気を宣告され、入院、手術を経験した私の精神状態は、この時点で悪化の一途を辿たどっていた。つまり、正月どころではなかったのだ。
 それなのに、義理の両親はわが家に宿泊するという。それを夫も許すという。確かに私は医師が驚くほどの復活を遂げていた。自分でもびっくりしてしまうほど、普通の生活を送ることができていた。でも、それは目に見える範囲の話であって、精神状態まで完全復活できていたわけではない。普通、中止にならない? と、夫には何度も言った。逆の立場になってみなよ。あなたが手術をした年の年末に、私の両親がここに三泊するとか、どう考えてもおかしいでしょ!? 仮に二人が宿泊したら、私は朝から晩まで何かしら家事をしなければならないし、ストレスばかりの時間を過ごすことになる。実際、それまでの十年程度、一瞬たりとも気の休まらない正月を過ごしてきた。手術をした年、そして死にかけた年の大晦日、義理の両親の相手をしなくちゃならないなんておかしな話じゃない? 両親と私の間に挟まれて困り果てた夫は、すべての家事は自分が引きうけると堂々と宣言した。そういう問題ではない。そういう問題ではないのだ。
 この時まだはっきりとわかっていなかったのだが、今にして思えば、義母はすでに認知症をしっかり発症していた。本来の義母であれば、「あなたは絶対に休みなさい」と言って、まかり間違っても手術直後の私がいるわが家に、大晦日から正月にかけて宿泊などしなかったはずだ。義母は筋の通ったところがある人だったし、辛辣な物言いはあったが、人に対する思いやりは十分持ち合わせている人だった。特に、私に対してはそうだった。あなたは働き過ぎているから、休みなさいねとことあるごとに言葉をかけてくれたし、食材を揃えてわが家まで運んでくれるという優しさも頻繁に見せてくれていた。本来の彼女であれば間違いなく、お正月用の食材を揃えてわが家に持ってきて、キッチンを磨き上げ、冷蔵庫を整頓し、そして「ゆっくりしなさいね」と言い、家に帰っていっただろう。しかしこの年の大晦日、義母は正月の準備を何もしていない私に、なぜ何も買っていないのかと詰め寄った。自分にとって人生が大きく動いたこの年、家事に対するやる気が枯渇していた私は、正月用の食材など揃える気力もなかった。病院から言い渡された塩分制限が厳格で、料理が面倒になっていたのも理由のひとつだ。自分の面倒だけで精一杯だったのだ。

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村井理子

1970年、静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』『ハリー、大きな幸せ』『家族』『はやく一人になりたい!』『村井さんちの生活』 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』『ブッシュ妄言録』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『ふたご母戦記』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』など。主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖』『エデュケーション』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』『消えた冒険家』『ラストコールの殺人鬼』『射精責任』など。

X:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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