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「損する離婚はしたくない」〜妻に1,000万円を奪われた夫の、狡猾な戦略(第14話 夫:康介)

高収入夫の、狡猾な離婚プラン

『こうちゃん。私、こう見えてすごく傷ついてるの』

妻はわざとらしく悲しげな表情を浮かべ、浮気の事実を知っていると脅しをかけてきた。

不意打ちであったから、言われた瞬間は不覚にも動揺した。しかしすぐに冷静になり、麻美は何の証拠も掴んでいないはずだと踏んだ。

康介は何につけてもマメで、瑠璃子とのLINEも読んですぐに消している。形に残る証拠を家に持ち帰ったことなどないのだ。

しかしそれでも、少なくとも現段階においては、事を荒立てるのは得策ではないと考えた。安易に離婚をほのめかすと、それなりの収入がある夫にとって地獄の始まりとなるからだ。

慰謝料、財産分与、婚姻費用の支払い……麻美は専業主婦で稼ぎがないから、康介ばかりが負担を強いられることになる。麻美はもともと康介の勤める弁護士事務所の秘書であったため、下手に知識があるぶん要注意だ。

もしも康介が好戦的な態度を取ったなら、麻美の方も本気で不貞の証拠を掴みにくるだろう。探偵などつけられたらたまったものではない。

「先生……何を考えてるの?」

ハッと我に返ると、瑠璃子が真上から康介を覗き込んでいた。

慌てて笑顔を作り「いや、別に」と誤魔化す。続けて「仕事のことだ」と言いかけたところで、熱情的に唇を塞がれた。

「このまま時間が止まればいいのに。私……先生とずっと一緒にいたい」

何度も舌を絡めた後、瑠璃子が恍惚とした表情で呟く。

普段からエモーショナルな記事を執筆しているせいか、瑠璃子はこういう時、妙に芝居がかったセリフを言う。さらには少女のように真っ直ぐな瞳で見つめてくるから、ロマンチストとは程遠い康介でさえ、つい我を忘れて「俺も」などと応じてしまうのだった。

「先生は、私を選ぶべきだったのよ」

答えに困る際どい発言も、何度も聞かされるうちに慣れてきた。実際、麻美と離婚したっていいと考えるようになったのも、瑠璃子のこのセリフがきっかけだった。そうか、自分が選択を誤ったのだと思えば諦めもついた。

結婚は博打だ。こうなってみてよくわかる。

結婚前にどれだけ吟味したところで、相手のすべてを知ることなどできない。頑丈に覆い隠された鎧が外れ、本性があらわになるのは、結婚して何年も経った後なのだから。

ともかく、今や瑠璃子との関係は予想外に深まり、簡単に終わらせることが難しくなった。

麻美にも他に男がいるのは確実だが、互いの粗探しを始めたところで泥沼にハマるだけ。しかも抜け目ない彼女はここのところ一切の夜遊びを辞め、むしろ康介の好物を作るなどして良妻を演じている。尻尾を掴むのは困難だろう。

ならば麻美の思い通りに1,000万円を渡し、いったんは場を丸く収めた方がいい。それが康介の出した結論だった。

損する離婚は絶対にしたくない。別れる場合は円満離婚、一択だ。

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新刊紹介

山本理沙

やまもと・りさ●84年 東京都生まれ。日本女子大学文学部卒卒業後、外資系航空会社客室乗務員、金融機関・コンサルティングファームの秘書業務を経てフリーランスへ。
2015年〜2019年に東京カレンダーWEBにて『東京婚活事情』『結婚願望のない男』『東京ホテル・ストーリー』など多数執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(里奈Ver.)共著原作者。『不良夫婦』では(妻side)を執筆。

Instagram●Lisa_fluffy
Twitter●山本理沙/WEB作家




安本由佳

やすもと・ゆか●81年 奈良県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、化粧品会社広報、損害保険会社IT部門勤務を経てフリーランスへ。
2016年〜2020年1月 東京カレンダーWEBにて『二子玉川の妻たちは』『私、港区女子になれない』など多数の連載を執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(廉Ver.)の共著原作者。『不良夫婦』では(夫side)を執筆。

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