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「朝まで帰らない夫に連絡できない」妻のプライドと葛藤、帰宅した夫のチープな言い訳(第11話 妻:麻美)

あなたは「結婚」という制度に疑問を感じたことはないだろうか。 連日メディアを騒がせる不倫ゴシップは氷山の一角。女性の社会進出、SNSや出会い系アプリの普及……結婚制度が定められた120年以上前とは、社会も価値観も何もかも違っているのだ。 これは、時代にそぐわぬ結婚制度の抜け穴を探し始めた、とある夫婦の物語。 仮面夫婦状態の櫻井夫婦。妻・麻美は夫・康介への不満を溜め続ける中、結婚前に心惹かれていた男・晋也と再会し“不良妻”へと目覚める。さらにふとしたことがきっかけで起業を考え始めたのだったーー。 前話はこちら、全話一覧はこちら。 (隔週土曜で更新予定です)

異常な美容医療ブームに、ずっと違和感を抱いていた

「あなた、私と一緒に仕事しない?」

初対面の若いセラピストの顔が不安そうに引き攣ったのを見たとき、麻美は自分があまりに唐突な言葉を発したことに気づいた。

計画も何もない。ただ衝動でこんなことを口走ってしまったのだ。

しかしながら、これほど高い技術を持ったセラピストが古ぼけたマンションの一室で細々と安い料金で営業を続けているなんてどう考えても勿体ない。

工夫はしているものの、サロン内のインテリアやベッド、タオルやリネンも安物を使っているのは明らかだった。これでは彼女の技術にふさわしい客がここに辿り着くのは難しい。

「……急に驚かせてごめんなさい。ただ、えっと……由紀さん?あなたの技術があまりに素晴らしくて感動しちゃって。実は私、エステサロンを始める予定で、ちょうどセラピストの方を探してたところなんです。あいにく今日は名刺も持ち合わせていないのだけど……」

エステサロンの開業の予定はないし、名刺などもともと持ってもいない。けれど麻美は先ほど発した自分の言葉を回収すべく、もっともらしい出鱈目を並べ続けた。すると、まるで本当に起業を計画していたような気になってくる。

たしかに麻美は、こんなサロンを求めていた。

美容医療ブームが異常とも思えるスピードで広まる中、ずっと小さな違和感を抱いていたのだ。まだ30歳にも満たないインスタグラマーがボトックスやヒアルロン酸注入、あるいは明らかに「整形」ともいえる美容医療を安易に繰り返し、人工的に“映える”顔をインスタグラムのフィードに並べるのがもはや普通になっている。

一方で酷いトラブルや苦情が耳に入ることも多く、麻美はこの違和感とリスクを考慮し、美容医療には少なくとも30代のうちは手を出さないと決めていた。

だから美容医療には届かずとも、安全で自然に着実に効果の出る特別なサロンをずっと探していたのだ。

そしてそれは、自分で作ることだってできるかもしれない。同じような違和感を抱く女性は多いはずだし、需要もきっとある。

麻美は由紀というセラピストに熱弁を振るいながら、すっかりその気になっていた。

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山本理沙

やまもと・りさ●84年 東京都生まれ。日本女子大学文学部卒卒業後、外資系航空会社客室乗務員、金融機関・コンサルティングファームの秘書業務を経てフリーランスへ。
2015年〜2019年に東京カレンダーWEBにて『東京婚活事情』『結婚願望のない男』『東京ホテル・ストーリー』など多数執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(里奈Ver.)共著原作者。『不良夫婦』では(妻side)を執筆。

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安本由佳

やすもと・ゆか●81年 奈良県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、化粧品会社広報、損害保険会社IT部門勤務を経てフリーランスへ。
2016年〜2020年1月 東京カレンダーWEBにて『二子玉川の妻たちは』『私、港区女子になれない』など多数の連載を執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(廉Ver.)の共著原作者。『不良夫婦』では(夫side)を執筆。

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