連日メディアを騒がせる不倫ゴシップなど氷山の一角。女性の社会進出、SNSや出会い系アプリの普及……出会いの機会が爆発的に増える一方、多くの夫婦が良好な関係の維持に苦戦しているのもまた事実。セックスレス、不妊、モラハラ、DV......問題は山積みで、それが令和時代の夫婦を取り巻く現実だ。
これは120年以上も変わらない今の結婚制度に限界を感じ始めたと夫と妻が、それぞれの視点で語るストーリー。
仮面夫婦状態の櫻井夫婦。従順であったはずの妻・麻美は不良化し、夜遊びが増え、浮気疑惑まで勃発。そんな中、夫・康介はクライアントである小坂瑠璃子に思わず現状を愚痴ると「奥さんじゃなく、私を選べば良かったのに」と言われ、動揺してしまう――。
前話はこちら、連載一覧はこちら。
(隔週土曜で更新予定です)
2021.6.5
「この結婚は失敗だった」…自慢の妻に幻滅したエリート夫が初めて離婚を意識した理由(第10話 夫:康介)
誘惑に負け、不良夫への第一歩を
「あ。ここで降ります」
瑠璃子が気怠い声を出したので、康介もゆっくり首を動かし車窓へと視線を向けた。
場所は、恵比寿と広尾の間あたりだろうか。二人が乗ったタクシーは、オレンジの光が灯るマンションのエントランスで静かに停車した。

未だ躊躇している康介をよそに、瑠璃子はさっさと支払いを済ませる。そして絡めた指に力を込めると「先生、行きましょう」と囁いた。
『奥さんじゃなくて、私を選べば良かったのに』
ついさっき、瑠璃子が言ったセリフ。あれは一体、どういう意味だったのか。
問いただすことも笑って誤魔化すこともできず、康介はただ動揺するだけだった。ところが暫し言葉を失い黙り込んだ康介を、彼女は肯定的に受け取ったらしい。
「先生、よかったらウチで飲み直しません!? いただき物のメキシコワインがあるんです」
酔いに任せてなのか、テンション高くそう言って部屋へと誘ってきたのだ。
当然、瞬時に麻美の顔が浮かんだ。しかしすぐに、不良妻と化した麻美に義理立てる必要もないと思い直した。だいたい、妻の方だって夜遊びしているのだから。
そうして康介は、促されるまま瑠璃子とともにタクシーに乗り込んだ。そっと触れてきた柔らかな指先を、振りほどくこともしなかった。