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「私は良い母親だろうか?」働く母の罪悪感はフィンランドでも同じだった

フィンランドの首都・ヘルシンキにある「ヘルシンキ労働者学校」。
100年の歴史をもつこの場所で、元新聞記者の堀内京子さんはフィンランド語の教室に通いはじめました。
そこで出会ったのは、いろいろな国からそれぞれの理由で、この街へ来ることになったクラスメイトたち。
生まれ育った国を出る決断の背景には、どのような物語があるのでしょうか。
「ほぼ全員が(フィンランドの)外国人」という教室で交差した、ひとりひとりのライフヒストリーを紹介するルポ連載です。

前回に続き、労働者学校でフィンランド語を教えているユリアの話を聞きます。

第10回 フィンランド語講師のユリア(後編)

「前に遅刻したとき、実はあなたがすごく怒るだろうと思ってびくびくしていました」と私は率直にユリアに言った。「でも先生は『夏休みの初日だから仕方ないですね』って言ってくれました」
「え? あはは」ユリアは軽やかに笑った。ユリア自身、今は14歳と20歳になった二人の男子を育てながらフィンランド語教師の仕事をしてきたという。
「子どもたちが小さい頃は、家を出ようと思ったときに子どもがうんちをしたくなったり、いろいろなことが起こりました。生徒たちも仕事をしたり、子どもがいたりすると大変だろうというのはよくわかります。わたしはただ、授業中に、ガタガタ音を立てられるのがいやなんです」
「幸い、フィンランドでは両親が協力して子育てすることが多く、父親も同じぐらい子どもの世話をします。夫はハンガリー人ですが、私の家でも息子たちを習い事に連れていくのは父親の役割ですし、私が頼めば掃除をしてくれます。私の方が上手だから文句を言ってしまうこともありますけどね(笑)」
 子どもが1歳になったときから週2日、週3日とパートタイムで少しずつ仕事を増やし、二人目のときも同様に乗り切った。それでも仕事と家庭のバランスが難しいと感じるという。
「自分が仕事で、子どもたちが父親と過ごしているときには、自分が仕事ばかりしているんじゃないかと罪悪感を感じ、時々『私は良い母親だろうか?』と思ってしまいます。でもそんなときは、こう考えなおします。もし仕事をせずに子どもたちと家にいたとしても、いつか彼らは成長して、家を出ていく。そのとき、自分には何が残るだろう? そう考えると、自分自身の仕事や人生を持っていたいと思うんです」
 母親への社会的なプレッシャーが日本よりずっと少なく見えるフィンランドで働くユリアでも、「罪悪感」などを感じることがあったのかと意外だった。けれど、罪悪感から仕事を辞めることを選ぶのではなく、「でも彼らが家を出て行ったときに自分の人生には何が残る?」と考え直したのはいいなと思った。

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 そんなふうに続けてきたフィンランド語教師の仕事は、いろいろな文化に触れられるのがいいという。
「自分の仕事が無駄ではない、実際に誰かの役に立っていると感じられるところも好きです」
 子どもより、大人に教える方が好きだというユリア。大人は自分の学習に責任を持つから、授業中に寝ていたり、スマホを見ていたりしても、最終的に学ぶかどうか決めるのは本人だと思って見ているという。
「フィンランド語教師になって、自分の常識が他の人の常識とは限らないと知ったし、以前よりも寛容に、忍耐強くなりました。かつてわたしは、せっかちで感情的なところがありましたが、今は強い感情をもってもすぐに反応せず、冷静でいられるようになりました」
「私は自分ではかなり繊細なタイプだと思います。授業が終わっても、『あの学生は大丈夫かな』『もっと何かできたんじゃないかな』と考えてしまったり、家でも学生たちのことを心配してしまうこともある。でもそれを続けていると、仕事と自分の生活の境目がなくなってしまう。だから自分自身のためにも、ある程度の境界線(バウンダリー)を持つ必要があります。私はひとりしかいないから、学生の問題をすべて自分の問題として背負ってはいけない。自分自身がバーンアウトしてしまいます」
 クールに見えたユリアが、家でも学生のことを考えてしまうというのは意外に聞こえた。けれど、クラスの中には、母国に送還されることをおそれながら難民申請の結果を待ち続けている人もいれば、家族と離れ離れになったり、思うように仕事が見つからなかったりして元気をなくしていく人たちもいる。ユリアより年上の私でさえ、フィンランド語の初歩から何度も教えてくれる先生は親のように思えるので、無意識に頼られたり相談を受けたりしているのだろう。何人もの学生の話を受け止めるのは大変なことなのだろうと考えた。

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堀内京子

ほりうち・きょうこ
ライター。1997年から2023年まで新聞記者。退職し、現在は二人の子どもとヘルシンキに滞在。著書『PTAモヤモヤの正体』(筑摩選書)、共著に『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書)『まぼろしの「日本的家族」』(青弓社) 『ルポ税金地獄』(文春新書)、朝日新聞「わたしが日本を出た理由」取材班として『ルポ若者流出』(朝日新聞出版)がある。

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