2026.10.13
「ロシア人とは同じグループで話したくない」ウクライナ人生徒の発言に、フィンランド語教師はどう答えたか
100年の歴史をもつこの場所で、元新聞記者の堀内京子さんはフィンランド語の教室に通いはじめました。
そこで出会ったのは、いろいろな国からそれぞれの理由で、この街へ来ることになったクラスメイトたち。
生まれ育った国を出る決断の背景には、どのような物語があるのでしょうか。
「ほぼ全員が(フィンランドの)外国人」という教室で交差した、ひとりひとりのライフヒストリーを紹介するルポ連載です。
今回は、労働者学校でフィンランド語を教えているユリアの話を聞きます。
第10回 フィンランド語講師のユリア(前編)
「ロシア人だからあなたとは話したくない」
フィンランド語の教室で、そんな言葉が飛び出したことがある。
20人ちょっとの教室には、ウクライナ人、ロシア人、イラン人、アメリカ人など、ルーツも年齢もさまざまな人たちがいる。そこで教師は、どうやって「一緒に学ぶ」環境をつくるのか。私がフィンランド語を学んできた8人の教師の中でも、とりわけ印象に残っているのがユリアだった。
この秋、およそ1年ぶりにフィンランド語のクラスに戻った。フリーランスとして試行錯誤したあと、少しでも仕事の可能性を広げられるようフィンランド語の勉強を再開した。ちょうど、以前に習っていたユリアが受け持つクラスが開講すると知って、私はキャンセル待ちの列に登録し、運よく途中から参加できることになった。
私はこのヘルシンキ労働者学校で、これまで計8人の先生たちにフィンランド語を習った。長くて6か月、あるいは4日間だけの短期もあったが、8人のうち7人は女性で、20代から60代までそれぞれに教え方も性格も違う人たちだった。
ある先生の授業はいつも最初の15分ぐらいは雑談だった。おばあちゃんの家の庭でリンゴやベリーが食べ放題だとか、前職は料理人だったけれど大学で学んでフィンランド語教師に転身したとか、「今度の夏に結婚式をするから、インターネットで気に入った中古のウェディングドレスをみつけて買えたんだけど、まだ彼女のウェディングドレスは買えていない(先生はレズビアン)」とか、いかにもフィンランドだなあと思うような雑談を授業中にたくさんしてくれた。
それに比べると、ユリアの授業は9時スタートなら9時ぴったりか、時には1分ぐらい早いのではと思うぐらいきっちりと授業が始まる。遅れて教室に入ってきた生徒がパイプ椅子をガタガタ動かして、ガサガサとコートを脱いだりしていると、ユリアはサファイア色の目で静かにそちらを見て、その音に負けないように声を張り上げるどころか、一段と小さなささやき声で説明し始めたりするので、クラスメイトたちは全神経を集中させてシーンとなる。
あまり笑わないし、授業中にプライベートの話はしない。私は遅刻に厳しい先生なのかと思っていた。授業はフィンランド語で、質問は英語でも受ける。授業が終わってから他の生徒と流暢なロシア語で話しているのを聞いたことがあった。
彼女のクラスは文法がわかりやすいことで人気があった。クラスはいつも満席で、キャンセル待ちが20人ぐらいいる。学習者がつまずきやすいところをよく解説し、間違えやすい単語の活用を繰り返し練習させる。「フィンランド語は難しいでしょう?」と、弱気になった学習者の心によぎるようななぐさめを絶対に言わないのは好印象だった。
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ある日、私ともう一人のトルコ人のお母さんが遅刻して、恐縮しながら教室に入っていったとき、ユリアはすべてわかっているような顔で言った。
「今日からヘルシンキの子どもたちの学校の夏休みが始まったから。お母さんたちにはいろいろやることがありますよね」
私はほっとした。小学生の夏休み初日は生活リズムが変わり、昼ご飯やおやつや着替えの準備とか、居場所の確認とかルーティンにないことが発生して、誰かが黙ってそれを引き受けているのを理解してくれていたのはありがたかった。
気がついてみれば、ユリアは仕事のためにいつも授業を途中で抜ける生徒にも「今日も仕事なのね、宿題はクラスのオンラインに載せておくから」と声をかけているし、会話練習の合間に、一人ひとりとちょっと話をしたりしている。それに、実は気持ちよく笑ってもいた。例えば「もし~なら」という質問で、「もし道端に、たくさんお金が入っているお財布が落ちていたらどうしたらいいですか」「まわりに人がいないかどうか確認します」と誰かが答えたときとかだ。
1年前に、「いつかインタビューをさせてほしいです」とお願いした。ユリアはちょっと考えて、フィンランド語教師らしく「いいですよ。でもインタビューはフィンランド語でね」と言った。
ユリアに会うのはその時以来だった。さっそく1年越しに話を聞かせてもらうことになり、私は事前にフィンランド語での質問表を送った。すると「最初の二つの質問以外は全部答えられます。それでいいですか?」と返事が来て——私は頭を抱えた。
なぜならその二つというのが「あなたはどこの出身ですか?」と、「なぜフィンランド語教師になろうと思ったのですか?」という質問だったからだ。新聞記者をしていたときの私だったら、説得しようと試みるか、取材自体をあきらめるかだったと思う。30年前の駆け出しのころは、嫌なことでも話してもらうのが能力のある記者だと思っていたぐらいだ。けれど、「言いたくないことは話さなくていい」という彼女の授業のスタンス(第7回前編)が、私が彼女のクラスで学んだことの一つだったし、それでいいと答えた。
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