よみタイ

花粉症が私に教えてくれたこと。心と体を整える人生の処方箋、それが「鼻うがい」なのだ

 鼻をズルズルとすすらせながら、近所のドラッグストアで鼻うがい用の商品を物色。やっぱりメジャーどころは抑えておくかと、先ほどの今田耕司のCMで有名な小林製薬の「ハナノア」シリーズを手に取る。
 洗浄液を鼻から入れて鼻から出すタイプと鼻から入れて口から出すタイプの2種類があるらしい。鼻から? 口から? 「木が先か、森が先か」みたいなものなのか? よくわからないので初心者はこちらがおススメという文句に従い、鼻から出すタイプを選択する。そして「ハナノア」の横に陳列されていた「サイナス・リンス」という製品も名前が格好良いからという理由だけで買ってしまった。

「ハナノア」はこんな感じ。
「ハナノア」はこんな感じ。
「サイナス・リンス」はこんな感じ。
「サイナス・リンス」はこんな感じ。

 さ、いざ、鼻うがいに挑戦だ。まずはハナノアから。ノズルキャップが付いた洗浄容器に洗浄液を50ミリリットル入れる。これで左右の鼻1回分の容量となる。あとは説明書に従い、顔を少し俯き加減にして、鼻の中に洗浄液を流し込む。このときに「ア~~~」と声を出しながら流し込むことが大切だ。声を出すことで唾を飲み込む危険がなくなり、耳の奥に洗浄液が流れ込むのを防ぐらしい。耳に水が入ると中耳炎になる可能性があるのだという。ただの鼻うがいとあなどることなかれ。
「アアア~~~~!」
 鼻うがいへの恐怖を払拭するようにターザンの雄叫びのような声を出してしまう。大丈夫とは言ってもやっぱり痛いんじゃないの? とビクビクしていたが、人間の体液に近い生理食塩水を洗浄液として使っているので全然痛くない。手の届かない粘膜に張り付いた汚れが綺麗になるのを実感できて非常に心地よい。右の穴から入れた洗浄液が左の穴からドボドボと流れ出る。そうか鼻の穴ってちゃんと奥でつながっているんだなと人体の不思議にいたく感動してしまう。同じ要領で逆の穴も洗浄して初めての鼻うがいは無事に終了した。鼻の通りがすこぶる良くなったことで自然と笑顔がこぼれる。今田耕司の笑顔もあながち嘘ではないのかもしれない。

「ハナノア」やりました。
「ハナノア」やりました。

 鼻うがいは1日2、3回が限度ということで、時間を空けてサイナス・リンスも試してみる。サイナス・リンスは粉末状の洗浄液の素をぬるま湯に溶かし、自分で洗浄液を作るタイプのものだった。なんだかインスタントコーヒーを作っているみたいで、このひと手間がちょっと楽しい。
 ハナノアと同じくこちらも全く痛みなどはない。個人的にはサイナス・リンスの洗浄液の方が塩味が効いていて、洗浄後に鼻の奥がちょっとしょっぱい気がする。鼻でポテトチップスを食べたみたいで何だか美味しいぞ。これはクセになりそうだ。

「サイナス・リンス」もやりました。
「サイナス・リンス」もやりました。

 鼻うがいをしている自分の姿を客観的に見てみたいので、恋人に頼んでその様子を動画に収めてもらった。さぞかし滑稽なものなんだろうとばかり思っていたが、鼻の穴から水を出す自分の姿を見て「……なんて美しいんだ」と惚れ惚れしてしまった。鼻の穴から流れ出ているのは鼻の汚れだけはなく、私が過去に犯してきた罪も流れ出ているのではないか。いや、こうも考えられないか。大人になって、どんなにツラいことがあっても素直に涙を流すことができなくなった私。そんな私の涙。それが鼻から流れ落ちる洗浄液ではなかろうか。
 嗚呼、私の鼻うがいは世界一汚くて世界一美しい。鼻うがいに出会えて本当によかった。ただの健康ケアではなく、心のセラピーとしても鼻うがいは、私のこれからの人生に一役買ってくれそうだ。

「なんか楽しそう、私もやってみようかな」

 撮影役をつとめていた恋人がおもむろに鼻うがいを始める。「ふふん、貴様にどれぐらいの鼻うがいができるっていうんだね」と高みの見物をしている私の目の前で、鼻の穴から華厳の滝のような美しい一直線の水を吐き出す彼女。雄大で力強いその姿に思わず見惚れてしまう。愛する女の鼻からドドドと流れ出す洗浄液。これぞ命の源、ああ、そうだ、お前の鼻から流れ出るのは、クジラの潮吹きと同じぐらい生命力に満ち溢れた奇跡の水、いや、聖水だ。私の女は……本当にたいした女である。
 恋人への愛を再認識した私は、彼女の隣に立ち、小さな肩を抱き寄せる。冷めかけたカップルの愛を確かめるのにも鼻うがいは有効なのかもしれない。喧嘩をして仲直りをしたあとは一緒に鼻うがい、なんてのも洒落ていると私は思う。本当にそう思う。

鼻の穴から勢いよく水を出す爪切男。
鼻の穴から勢いよく水を出す爪切男。

当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は4月28日(日)配信予定です。お楽しみに!

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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