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バンド活動を支える最強のコミュニケーション術。ニューロティカ・あっちゃんのまわりに人が集まる理由

新しい時代の若者がつくったシーンに違和感なく溶け込むニューロティカ

 こうしてニューロティカは継続し、1996年には現メンバーであるベースのKATARUとドラムのNABOが新加入。しかし1998年にはJACKieもバンドを去り、ニューロティカのオリジナルメンバーはついにあっちゃん一人になってしまった。
 それでもあっちゃんが再びバンドを軌道に乗せられたのは、やはり周囲の人の支えがあったからだ。

「元ジュンスカ(ジュン・スカイ・ウォーカーズ)の小林君(ドラムの小林雅之)に誘われて、彼が新しく入ったPOTSHOTのライブを見にいきました。そうしたら、ビックリしたんですよ。『うわー、こんな世界があるんだ』と。POTSHOTの音楽も好きだったし、このシーンに飛び込むしかないと思いました。
 POTSHOTのボーカルのRYOJIくんと話したら、ニューロティカを前から聴いてくれていたこともわかりました。そんな彼が『力、貸しますよ』って言ってくれた。それが1999年。そこからですね、ニューロティカがもう一度大きく動きはじめたのは」

 その頃、10代〜20代の若者から大きな支持を集めていた音楽ジャンルは、メロコアやスカコアだった。日本のメロコア・スカコア系バンドの多くはインディーズで活動をしていたが、当時のインディーズレーベルは、誰もが手探り状態だった1980年代のそれとは大きく違っていた。
 ライブなどの運営から宣伝・広報、関連グッズの制作・販売などまでを、限られたメンバーだけで行う体制は洗練され、利益を上げやすいシステムが構築されつつあった。それゆえ1990年代後半のメロコア・スカコア系バンドは、メジャーレコード会社に移るよりインディーズにとどまることを選び、ビッグセールスをあげて真のジャパニーズ・ドリームをつかむバンドも次々と出てきていた。
 ニューロティカは2000年、POTSHOTが主宰するインディーズレーベル「TV-FREAK RECORDS」から6年ぶりとなるオリジナルアルバム「絶体絶命のピンチ」を発売。ライブもメロコア・スカコア勢と対バンすることが多くなる。

現在のニューロティカ。(写真左より)KATARU(ベース)、ATSUSHI(ヴォーカル)、NABO(ドラムス)、RYO(ギター)。ライブもライブ以外も、それぞれがバンドのために自身の役割をきっちり果たすメンバーたちだ。(撮影/TATAMI)
現在のニューロティカ。(写真左より)KATARU(ベース)、ATSUSHI(ヴォーカル)、NABO(ドラムス)、RYO(ギター)。ライブもライブ以外も、それぞれがバンドのために自身の役割をきっちり果たすメンバーたちだ。(撮影/TATAMI)

「その頃、僕のアンテナは常に若いバンドたちの方に向いていました。『昔、ニューロティカを聴いてた』っていうバンドのライブを見にいって、打ち上げに参加して、どんどんアホやって(笑)。そうすると不思議なことに、3カ月後には対バンが決まってるんです(笑)。
 当時、僕は中野に住んでいたので、渋谷や下北沢、新宿のライブハウスへはいつも自転車で行ってました。いろんなバンドと対バンが決まるようになった頃、自転車を見たら、前かごがグチャグチャにつぶれていたんですよ。いつも酔っ払って、どこかにガーンってぶつけてたから。でも、“これがロックの勲章だ”と思ってました(笑)」
 
 あっちゃんは30代後半になっていたが、メロコア・スカコアシーンの中心人物の多くはまだ20代だった。メロディアスでエモーショナルなパンクロックを標榜する彼らにとって、1980年代にいち早くそうした要素を掲げて人気を博したニューロティカは、尊敬に値するレジェンドバンドだったに違いない。
 しかし、10歳以上も年齢の若い彼らのライブを気軽に見にきてくれて、打ち上げに参加し率先して大いに盛りあげてくれるあっちゃんに、彼らは次第に惹きつけられ、感化されていったのだ。

 その後は、2000年代前半に巻き起こった“青春パンクブーム”の筆頭株である175RのSHOGOや、ニューロティカの大ファンであることを公言して憚らない氣志團の綾小路翔などとも交流。彼らと活動をともにすることで、若い世代のロックシーンを盛り上げるとともに、ニューロティカ自身も新たなファンを獲得するという相乗効果が生まれていった。

「氣志團は、レコード会社の人から『ニューロティカのことを好きなインディーズバンドがいるよ』と教えてもらったんです。僕もピエロみたいな格好でやってるから、学ランやリーゼントには別に驚きもしないけど、曲がすごく良かったから興味を持ってライブに呼びました。
 すぐに対バンをして、『じゃあ、来年のツアーも連れて行くよ』って約束したんですけど、1年後にはもう追い越されてましたね(笑)」

「氣志團万博2022」出演時の楽屋のれんを大切にお店の奥に飾っている。(撮影/木村琢也)
「氣志團万博2022」出演時の楽屋のれんを大切にお店の奥に飾っている。(撮影/木村琢也)
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新刊紹介

佐藤誠二朗

さとう・せいじろう●児童書出版社を経て宝島社へ入社。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わる。2000~2009年は「smart」編集長。2010年に独立し、フリーの編集者、ライターとしてファッション、カルチャーから健康、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動を行う。初の書き下ろし著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』はメンズストリートスタイルへのこだわりと愛が溢れる力作で、業界を問わず話題を呼び、ロングセラーに。他『オフィシャル・サブカル・ハンドブック』『日本懐かしスニーカー大全』『ビジネス着こなしの教科書』『ベストドレッサー・スタイルブック』『DROPtokyo 2007-2017』『ボンちゃんがいく☆』など、編集・著作物多数。

ツイッター@satoseijiro

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