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バンド活動を支える最強のコミュニケーション術。ニューロティカ・あっちゃんのまわりに人が集まる理由

元「smart」編集長・佐藤誠二朗によるカルチャー・ノンフィクション連載「Don't trust under 50」。
 ニューロティカのヴォーカル“あっちゃん”ことATSUSHIの物語も3回目。前回は、バンドマンには、やっぱり大切な“モテ”についての話をストレートにしてもらった。今回は、ミュージシャンだけでなく他業種にも、世代性別問わず多くのファンや友人を持つ、あっちゃんのコミュニケーション力の秘密について。

(全4回の3回目 #1 #2 #3 #4

バンド最大の危機を迎えた1995年をどうやって乗り切ったのか?

 ニューロティカに最大の危機が訪れたのは1995年。バンドブームが収束し、ニューロティカもメジャーレコード会社との契約が打ち切られた年だ。
 結成時から“バンマス”としてニューロティカを支えたギターの修豚、そして1980年代からともに歩んできたベースのSHONとドラムのAKIOはこの機にバンドを卒業。ニューロティカに残ったのは、ヴォーカルのあっちゃんとギターのJACKie、2人だけとなってしまった。

「修豚は高校の同級生です。JACKieは地元の幼稚園時代からの幼なじみ。SHONとAKIOは、学校の後輩の友達です。もともとバンドのメンバーというより、近所や学校の友達という関係が先ですから、腐れ縁のような感じで、もう一緒にバンドはやってないけど、今もみんなずっと仲いいです。
 バンドブームの頃も、このままどこまでもいけるっていう感覚はなくて、とにかく目の前のことをやるだけでしたから、メンバーが辞めると言い出しても、それはそれでしょうがないと思いました。僕はギターもベースも弾けないから、友達が辞めるんなら俺も辞めるよって、普通に思いました」

最強のフロントマンあっちゃんを作り出した要因に、やはりこのお店があるはずだ。秋の野音ライブなどを告知するエプロンを着て。(撮影/木村琢也)
最強のフロントマンあっちゃんを作り出した要因に、やはりこのお店があるはずだ。秋の野音ライブなどを告知するエプロンを着て。(撮影/木村琢也)

 その頃までのニューロティカの曲作りは、修豚が中心になって行われていた。その肝心要なバンマスが抜けるのだから、あっちゃんは「これでロティカは終わり」と覚悟を決めた。だが、ともにバンドに残ったJACKieと、2人のキーパーソンがあっちゃんの気持ちを“バンド継続”の方に押し戻した。

「JACKieはすごく強気で、みんなをなんとか引き止めようとしたし、それがかなわずみんな辞めちゃったあとも士気が上がっていて、自分で曲を作ってきたんですよ。それまではあんまり曲を作んなかった男が。それで僕も『じゃあ続けるか!』という気になりました。
 その頃、ザ・スタークラブのHIKAGEさんと、ジュン・スカイ・ウォーカーズの(宮田)和弥が、同じようなことを言ってくれたということも大きいです。
 JACKieと僕だけになっちゃったからニューロティカはもう……と口にした僕に、『あっちゃんがいれば、ニューロティカなんだよ』って。二人はすごく優しくて、今もその言葉は忘れられないですね」

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佐藤誠二朗

さとう・せいじろう●児童書出版社を経て宝島社へ入社。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わる。2000~2009年は「smart」編集長。2010年に独立し、フリーの編集者、ライターとしてファッション、カルチャーから健康、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動を行う。初の書き下ろし著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』はメンズストリートスタイルへのこだわりと愛が溢れる力作で、業界を問わず話題を呼び、ロングセラーに。他『オフィシャル・サブカル・ハンドブック』『日本懐かしスニーカー大全』『ビジネス着こなしの教科書』『ベストドレッサー・スタイルブック』『DROPtokyo 2007-2017』『ボンちゃんがいく☆』など、編集・著作物多数。

ツイッター@satoseijiro

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