2026.8.7
伊藤泰藏 山中湖畔を拠点に店舗・別荘・住宅をデザイン【実録・メンズノンノモデル 第9回 前編】
今回のゲストは、伊藤泰藏さん。第5回で登場してくれた焚き火マイスターの猪野正哉さんと同じく、1994年に第9回メンズノンノモデルに選ばれ、そこから3年にわたって誌面で活躍。現在は地元の山梨県山中湖村を拠点に、店舗や住宅の空間デザイン、DIYによるリノベーションなどを手がけている彼に話を聞くため、現地のアトリエを訪れた。
取材・文/徳原 海 撮影/岩田 笙
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ファッションに目覚めた小学6年の頃から憧れたメンズノンノ
すっかり渋みをまとった今の風貌からも想像できるかもしれないが、伊藤泰藏は、歴代メンズノンノモデルの中でもかなり異色のキャラクターである。デビューは1994年。坊主頭に髭をたくわえたスタイルでメンズノンノモデルに選ばれたのは彼が初めてのことで、当時を知る編集者によれば、古着に和の要素を取り入れたファッションも独特の存在感を放っていたという。
伊藤泰藏(以下、伊藤) キャラについては自分ではそれほど意識していませんでしたが、ファッションは好きでしたね。小学校6年生くらいの頃から服に目覚めて、それ以来、実はずっとメンズノンノの読者だったんですよ。今思えばずいぶん早熟でしたね(笑)。
北海道の上富良野で生まれ、幼少期に家族で上京し、その後小学2年の頃に、現在も住まいと作業場を構える山梨県の山中湖村に移住。豊かな大自然に囲まれたここ富士山の麓で、少年時代からひそかにファッションの感性を育みながらメンズノンノモデルになることを夢見ていたという。
伊藤 いつかメンズノンノに出たいなという思いはずっとありましたね。モデルオーディションには、実は2回応募したんですよ。最初は一次の書類審査で落ちたのですが、諦めずに次の年にもう一度応募したら、今度は編集部での二次審査に呼ばれて。その頃は、東京で友人と部屋をシェアしながらデザインの専門学校に通っていました。しかしオーディション会場に行ったら、周りはみんな爽やかなイケメンばかり。「これはだめだ。というか、なんで呼ばれたんだろう」と。半ば諦めかけていたところ、受かったという連絡をもらってびっくりしましたね。

1994年当時のメンズノンノには、確かに伊藤のようなモデルは1人もいなかった。いや、他を見渡しても彼のようなキャラクターはかなり珍しかったはずだ。当時の編集部員に聞いたところ、「彼はとにかく私服がお洒落で、“服を着こなす”独特のセンスと雰囲気があった。メンズノンノとしてはチャレンジングだが、採用してみる価値はあると思った」という。小学6年の頃から、人知れずファッションを掘り続け、自分なりに工夫を凝らして作り上げたコーディネート術が彼をメンズノンノへと導いたとも言えるだろう。
伊藤 ○○カジにハマった、とかはなくて。お金がないから買えない、というのがベースになったので大体古着でした。往復の交通費を貯めては東京に行って、古着屋を巡っていましたね。あと地元の名もない洋品店みたいなところで売れ残っていた服を買ってみたり、時にはおじいちゃんが着ていた服を拝借したり。中でも和テイストの小物が好きで、藍染めの巾着袋とかをよく合わせていました。お金がないと知恵が出る、というのが今も変わらない持論なんですよ。
ちなみに、そんな彼がメンズノンノモデルに選ばれた際の賞金20万円で購入したのはスーツ。あれから32年が経った今も、そのスーツはクロゼットに大切にしまわれ、いつでも着られるようにスタンバイしているという。
伊藤 成人式用に伊勢丹のポール・スミスで買いましたねえ。実は数年前にお直しに出したんですよ。肩パッドをなくして、ウエストもちょっと広げて。生地もしっかりしているので今でも普通に着られます。僕にとっては思い出のスーツなので一生とっておくでしょうね。

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