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漂白された出会い系? 経営学者がマッチングアプリに連戦連敗して見抜いた本質とは

データ化と上手く付き合わなければならない時代

 2019年、私は結婚するための挑戦と思い、婚活パーティーに取り組んでいました。半年間、毎週のように、あらゆるカテゴリの婚活パーティーに参加してもマッチングすらしない連戦連敗という結果で心が折れかけていました。

「面白いな! 条件で並べられたら、付加価値が無くなるのか」

 東京に共著論文の打ち合わせで出張してきた共同研究者と、新橋の魚の旨い居酒屋で呑みつつ婚活パーティーでの経験を愚痴っていると、暫く黙っていた彼は突然目を輝かせてそう言いました。

「婚活パーティーって、職業、年収で参加条件が決められるわけだろ。だとしたら、そこに集まる男性は、職業や年収が揃えられているわけだ。条件を揃えたら、付加価値はそこからはみ出る剰余として認識されるわけだ」

「たしかにそうだな」

「じゃあ、お前の戦略ミスだよ。年収と職業を競争優位にするなら、それで揃えられないパーティーに行くのが正しい差別化戦略になるな。他にもありうるな、例えば……」

 共同研究者は、目をランランと輝かせながら、ありうる婚活パーティーの戦略を語り始めました。この時のディスカッションが、『婚活戦略:商品化される男女と市場の力学』(中央経済社)につながるわけなのですが、私は日本酒を舐めながら、ちょうどこっそりアプリ婚活に挑んでいた頃に発表された、優秀な後輩の論文を思い出していました。

矢寺顕行. (2013). 計算空間としての労働市場:中途採用における人材紹介の活用を中心に. 日本情報経営学会誌, 33(4), 78-89.

 矢寺先生は、人材派遣会社を利用した企業の中途採用に注目します。マッチングアプリと同様に、人材派遣会社は転職希望者の履歴書や職務経歴書をデータベース化しています。一般には、クライアントとなる企業が求める人材の条件をもとに、データベースから最適の人材を選び出し紹介していくことで、最適なマッチングが実現すると考えられています。ところが矢寺先生は、綿密な調査を通じて、実態はそうならないことを指摘しています。

 ある会社は求める人材の条件が明確に言語化できないから、データベースを持つ人材派遣会社と綿密にミーティングを繰り返し、その都度条件を変えながら人材を紹介してもらい、書類選考や面接で「これじゃない」とダメ出ししながら、ベストの人材を探索していました。

 ある会社は、欲しい人材の条件を人材派遣会社に提示し、紹介された人材のリストの中から、「条件以外」の基準で誰を採用すべきかの審査をしていました。求める条件に揃った人材が用意されたなら、その「条件」はもはや採用理由にはならないからです。

 このどちらも、人材派遣会社が人々の学歴や職歴、資格取得状況などを条件検索可能なデータベース化していたから、可能になるわけです。そしてこれは、一人ひとりの人間を条件検索が可能なデータベースに取り込んでいく、マッチングアプリにも同じことが言えると思います。

 「どういう人を求めているか、まだ分からない」から、マッチングアプリで異性をいろいろな条件で検索し、「コレジャナイ」を繰り返しながら、「理想の恋人・結婚相手」を探していくことができます。

「結婚したい相手の条件」が決まっているので、マッチングアプリで条件検索した上で、そこで出てきたリストから、「その条件にはない付加価値」を持つ異性を探索するのが、「最も良い結婚相手の探し方」になります。

 もちろんマッチングアプリを利用していく中で、「付加価値」を求めて「コレジャナイ」を繰り返しているうちに、自分が結婚に何を求めていたのを見失い、ひたすらリストに並ぶ異性に「ダメ出し」を続けて婚期を逃す「拗らせリスク」があります。

 また、多くの人が付加価値を求めて「コレジャナイ」という判断をマッチングアプリ上で繰り返すわけですから、実際にマッチングするまでは、相当の連戦連敗を覚悟する忍耐力が求められるでしょう。

「しかしまぁ、狂った時代になったなぁ……婚活がこんな事になってしまうと、日本は終るんじゃないか?」

 一通り私に可能そうな婚活戦略をまくし立てた後、アジのたたきを摘みながら共同研究者は呟きました。

 これからビッグデータとAIの時代と言われ、いろいろな人がキラキラした未来像を描いています。しかし現在の就活や婚活の現実を考えると、実はビッグデータとAIの時代は、一方ではデータベースを利用する他者から「コレ(あなた)ジャナイ」と常に突きつけられ、他方では「コレ(あなた)ジャナイ」と言われないために、学び・仕事・私生活すべてを検索条件に合わせて自己研鑽が強いられる、ストレスフルな時代かもしれません。

「我々が時代についていけなくなっているだけなのかもよ。少しでも条件の良い人と結婚したいのが本音。その本音が実現できる社会になったのだから、上手くテクノロジーの進化に付き合うことができれば、意外に快適な社会になるかもしれないよ」

 最近の大学生の就職活動を見ていると、それこそ学部時代からどのような授業を受け、インターンやボランティアなどの課外活動の実績を積み、時には在学中に必要な資格取得の勉強をした上で、時期が来ればリクナビに登録して、リクルートファッションに身を包み、就職活動に臨みます。そして、何度エントリーで落選しても、面接まで進んで落とされても、「今週は、4社からお祈りされた」、「祈られすぎて仏になりそう」と、結構気楽に愚痴を零して励まし合っています。思春期にはマッチングアプリが当たり前に存在していた彼らにとって、アプリの利用は「マッチングしたらラッキー」くらいの感覚で、上手く付き合えているのかもしれません。

 テクノロジーに淘汰されないように振る舞い方を身につけるのか、そもそもテクノロジーに左右されない生活スタイルを身につけるのか、そのどちらかを目指さないと駄目だなぁと考え込んだ、新橋の夜でした。

 連載第14回は4/17(月)公開予定です。

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高橋勅徳

たかはし・みさのり
東京都立大学大学院経営学研究科准教授。
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。
専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
2009年、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。2019年、日本NPO学会 第17回日本NPO学会賞 優秀賞受賞。
自身の婚活体験を基にした著書『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』がSNSを中心に大きな話題となった。

Twitter @misanori0818

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